竹取物語「かぐや姫の昇天」原文と現代語訳(印刷用・A4)

 竹取物語「かぐや姫の昇天」の解説ページ(文法・問題つき)へ戻る

原文は國民文庫本をもとに教科書の形に整えたもの、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。

原文現代語訳
1かやうにて、御心をたがひに慰めたまふほどに、三年ばかりありて、春の初めより、かぐや姫、月のおもしろう出でたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。ある人の、「月の顔見るは忌むこと。」と制しけれども、ともすれば人間には月を見て、いみじく泣きたまふ。このようにして、(帝とかぐや姫が手紙で)お互いに心を慰め合っていらっしゃるうちに、三年ほどたって、春のはじめごろから、かぐや姫は、月が美しく出ているのを見て、いつもより物思いにしずんでいる様子である。ある人が「月の顔を見るのは不吉なことです。」と止めたけれども、ともすると人のいない間に月を見て、ひどくお泣きになる。
2七月のもちの月に出でゐて、せちにもの思へる気色なり。七月十五日の満月の夜に、(縁側に)出て座って、ひどく物思いにしずんでいる様子である。
3近く使はるる人々、竹取の翁に告げていはく、「かぐや姫、例も月をあはれがりたまひけれども、このごろとなりては、ただごとにもはべらざめり。いみじく思し嘆くことあるべし。よくよく見たてまつらせたまへ。」と言ふを聞きて、おそば近くで使われている人たちが、竹取の翁に知らせて言うには、「かぐや姫は、いつも月をしみじみと眺めていらっしゃったけれど、このごろになっては、ふつうのことではないようでございます。ひどく思い悩んでいらっしゃることがあるのでしょう。よくよく気をつけて見てさしあげてください。」と言うのを(翁が)聞いて、
4かぐや姫に言ふやう、「なでふ心地すれば、かくものを思ひたるさまにて、月を見たまふぞ。うましき世に。」と言ふ。かぐや姫、「月を見れば、世の中心細くあはれにはべり。なでふものをか嘆きはべるべき。」と言ふ。(翁が)かぐや姫に言うことには、「どんな気持ちがするので、こんなに物思いをしている様子で月をご覧になるのか。こんなに満ち足りた世の中なのに。」と言う。かぐや姫は、「月を見ると、世の中が心細く、しみじみと悲しく思われるのです。どうして何かを嘆いたりするでしょうか(いいえ、何も嘆いてなどいません)。」と言う。
5かぐや姫のある所に至りて見れば、なほもの思へる気色なり。これを見て、「あが仏、何ごと思ひたまふぞ。思すらむこと何ごとぞ。」と言へば、「思ふこともなし。ものなむ心細くおぼゆる。」と言へば、(翁が)かぐや姫のいる所に行って見ると、やはり物思いにしずんでいる様子である。これを見て、「わたしの大切な人よ、何を思い悩んでいらっしゃるのか。思っておられることは何なのか。」と言うと、「思い悩むこともありません。なんとなく心細く感じられるのです。」と言うので、
6翁、「月な見たまひそ。これを見たまへば、もの思す気色はあるぞ。」と言へば、「いかでか月を見ずにはあらむ。」とて、なほ月出づれば、出でゐつつ嘆き思へり。翁が、「月を見なさいますな。これをご覧になるから、物思いの様子があるのだ。」と言うと、「どうして月を見ないでいられましょうか。」と言って、やはり月が出ると、(縁側に)出て座っては嘆き悲しんでいる。
7夕闇にはもの思はぬ気色なり。月のほどになりぬれば、なほ時々はうち嘆き泣きなどす。これを使ふ者ども、「なほもの思すことあるべし。」とささやけど、親をはじめて何ごととも知らず。月の出ていない夕方の暗い間は、物思いをしていない様子である。月の出る時分になると、やはり時々はため息をついて泣いたりする。これを(そばで)使われている者たちは、「やはり何か思い悩んでいらっしゃることがあるにちがいない。」とささやき合うけれど、親(翁と嫗)をはじめとして、だれも何のことかわからない。
8八月十五日ばかりの月に出でゐて、かぐや姫いといたく泣きたまふ。人目も今はつつみたまはず泣きたまふ。これを見て、親どもも「何ごとぞ。」と問ひ騒ぐ。八月十五日ごろの満月の夜に、(縁側に)出て座って、かぐや姫はたいそうひどくお泣きになる。人目も今はもう気にせずにお泣きになる。これを見て、親たちも「どうしたのか。」とうろたえてたずねる。
9かぐや姫泣く泣く言ふ、「さきざきも申さむと思ひしかども、必ず心惑はしたまはむものぞと思ひて、今まで過ごしはべりつるなり。さのみやはとて、うち出ではべりぬるぞ。かぐや姫は泣きながら言う、「前々から申し上げようと思っていましたが、きっとお心を乱されるにちがいないと思って、今まで(言わずに)過ごしてきたのです。けれど、そうばかりしていられようかと思って、打ち明けるのです。
10おのが身は、この国の人にもあらず、月の都の人なり。それを、昔の契りなりけるによりてなむ、この世界にはまうで来たりける。わたしの身は、この国の人ではなく、月の都の人なのです。それなのに、前世からの約束があったことによって、この人間の世界にやって参ったのです。
11今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうで来むず。さらずまかりぬべければ、思し嘆かむが悲しきことを、この春より思ひ嘆きはべるなり。」と言ひて、いみじく泣く。もう帰らなければならない時になったので、今月の十五日に、あのもとの国から、迎えに人々がやって参るでしょう。どうしても行かなければならないので、(お二人が)お嘆きになるだろうことが悲しくて、この春から思い悩んでいたのです。」と言って、ひどく泣く。
12翁、「こは、なでふことをのたまふぞ。竹の中より見つけきこえたりしかど、菜種の大きさおはせしを、我が丈立ち並ぶまで養ひたてまつりたる我が子を、何人か迎へきこえむ。まさに許さむや。」と言ひて、「我こそ死なめ。」とて、泣きののしること、いと堪へがたげなり。翁は、「これはまた、なんということをおっしゃるのか。竹の中から見つけ申し上げたけれど、菜種ほどの大きさでいらっしゃったのを、わたしの背丈と並ぶほどまでお育て申し上げた我が子を、だれが迎えに来られようか(いや、だれにも連れて行かせない)。どうして許したりするものか。」と言って、「わたしのほうこそ死んでしまいたい。」と言って、泣きわめく様子は、まったく見ていられないほどである。
13かぐや姫のいはく、「月の都の人にて父母あり。片時の間とて、かの国よりまうで来しかども、かくこの国には数多の年を経ぬるになむありける。かぐや姫が言うことには、「(わたしには)月の都の人として父母がいます。ほんのしばらくの間ということで、あの国からやって参りましたが、こうしてこの国で、たくさんの年月を過ごしてしまったのでした。
14かの国の父母のこともおぼえず。ここには、かく久しく遊びきこえて、慣らひたてまつれり。いみじからむ心地もせず。悲しくのみなむある。されどおのが心ならずまかりなむとする。」と言ひて、もろともにいみじう泣く。あの国の父母のことも覚えていません。ここでは、こんなに長い間楽しく過ごさせていただいて、すっかりなじみ申し上げました。(月に帰っても)うれしいような気持ちもしません。ただ悲しいばかりです。けれども、自分の心のままにならずに、行ってしまおうとしているのです。」と言って、(翁たちと)いっしょにひどく泣く。
15使はるる人々も、年ごろ慣らひて、立ち別れなむことを、心ばへなどあてやかにうつくしかりつることを見慣らひて、恋しからむことの堪へがたく、湯水も飲まれず、同じ心に嘆かしがりけり。使われている人たちも、長年なれ親しんできて、(かぐや姫と)別れてしまうことを、気だてなどが上品でかわいらしかったのを見なれていたので、(いなくなったら)恋しく思うだろうことが堪えられないほどつらく、湯や水も飲むことができず、(翁たちと)同じ気持ちで嘆き悲しんだ。
16この事を帝きこしめして、竹取が家に御使ひつかはさせたまふ。御使ひに竹取出で会ひて、泣くこと限りなし。この事を嘆くに、髪も白く、腰もかがまり、目もただれにけり。翁、今年は五十ばかりなりけれども、もの思ひには片時になむ老いになりにけると見ゆ。このことを帝がお聞きになって、竹取の家にお使いをお送りになる。お使いに竹取の翁は出て会って、限りなく泣く。このことを嘆くあまり、髪も白くなり、腰も曲がり、目もただれてしまった。翁は今年五十歳ほどであったけれど、物思いのために、ほんの短い間にすっかり年をとってしまったと見える。
17御使ひ、仰せ言とて翁にいはく、「いと心苦しくもの思ふなるは、まことにか。」と仰せたまふ。竹取泣く泣く申す、「このもちになむ、月の都よりかぐや姫の迎へにまうで来なる。尊く問はせたまふ。このもちには、人々賜りて、月の都の人まうで来ば、捕らへさせむ。」と申す。お使いが、帝のお言葉として翁に言うには、「たいそう心を痛めて思い悩んでいるというのは、本当か。」とおっしゃる。竹取の翁は泣きながら申し上げる、「今度の十五日に、月の都からかぐや姫の迎えがやって来るそうです。ありがたくもおたずねくださいました。この十五日には、(帝から)人々をいただいて、月の都の人がやって来たら、捕らえさせよう(と思います)。」と申し上げる。
18御使ひ帰り参りて、翁のありさま申して、奏しつることども申すを聞こしめしてのたまふ、「一目見たまひし御心にだに忘れたまはぬに、明け暮れ見慣れたるかぐや姫をやりては、いかが思ふべき。」お使いが(宮中に)帰って参上して、翁の様子を申し上げ、(翁が)申し上げたことなどを申し上げるのを、(帝が)お聞きになっておっしゃる、「(わたしのように)一目見ただけの心でさえ忘れられないのに、朝晩見なれていたかぐや姫を(月へ)行かせてしまっては、(翁は)どう思うだろうか。」
19かの十五日、司々に仰せて、勅使、少将高野の大国といふ人を指して、六衛の司合はせて、二千人の人を竹取が家につかはす。家にまかりて、築地の上に千人、屋の上に千人、家の人々いと多かりけるに合はせて、空ける隙もなく守らす。この守る人々も弓矢を帯してをり。母屋の内には、女どもを番にすゑて守らす。嫗、塗籠の内に、かぐや姫を抱きてをり。翁も、塗籠の戸鎖して、戸口にをり。その十五日に、(帝は)役所役所にお命じになって、勅使として少将高野の大国という人を指名して、六衛府の役人を合わせて二千人の人を竹取の家に派遣する。(人々は)家に参上して、土塀の上に千人、屋根の上に千人、家の使用人たちがとても多かったのと合わせて、すき間もなく守らせる。この守る人々も弓矢を身につけている。母屋の中では、女たちを番に置いて守らせる。嫗は、塗籠(周りを壁で囲った部屋)の中で、かぐや姫を抱きかかえている。翁も、塗籠の戸に錠をおろして、戸口にいる。
20翁のいはく、「かばかり守る所に、天の人にも負けむや。」と言ひて、屋の上にをる人々にいはく、「つゆも、もの空に翔らば、ふと射殺したまへ。」守る人々のいはく、「かばかりして守る所に、かはほり一つだにあらば、まづ射殺して、外にさらさむと思ひはべる。」と言ふ。翁これを聞きて、頼もしがりをり。翁が言うには、「これほど守っている所で、天の人にも負けるだろうか(いや、負けるはずがない)。」と言って、屋根の上にいる人々に言うには、「少しでも何かが空を飛んだら、すぐに射殺してください。」守っている人々が言うには、「これほどにして守っている所に、こうもり一匹でもいたら、まず射殺して、外にさらしてやろうと思っています。」と言う。翁はこれを聞いて、頼もしく思っている。
21これを聞きて、かぐや姫は、「鎖し籠めて、守り戦ふべきしたくみをしたりとも、あの国の人を、え戦はぬなり。弓矢して射られじ。かく鎖し籠めてありとも、かの国の人来ば、みな開きなむとす。相戦はむとすとも、かの国の人来なば、猛き心つかふ人も、よもあらじ。」これを聞いて、かぐや姫は、「(わたしを)閉じこめて、守り戦う準備をしていても、あの国の人とは戦うことができないのです。弓矢で射ることもできないでしょう。このように閉じこめていても、あの国の人が来たら、どこもみな開いてしまうでしょう。戦おうとしても、あの国の人が来てしまったら、勇ましい心をふるう人も、まさかいないでしょう。」
22翁のいふやう、「御迎へに来む人をば、長き爪して眼をつかみつぶさむ。さが髪を取りてかなぐり落とさむ。さが尻をかき出でて、ここらのおほやけ人に見せて恥を見せむ。」と腹立ちをり。翁が言うことには、「お迎えに来るような人を、長い爪で目玉をつかんでつぶしてやろう。そいつの髪の毛をつかんで引きずり落としてやろう。そいつの尻をまくり出して、ここにいる大勢の役人たちに見せて恥をかかせてやろう。」と腹を立てている。
23かぐや姫いはく、「声高になのたまひそ。屋の上にをる人どもの聞くに、いとまさなし。いますかりつる心ざしどもを、思ひも知らで、まかりなむずることの口惜しうはべりけり。長き契りのなかりければ、ほどなくまかりぬべきなめりと思ふが悲しくはべるなり。かぐや姫が言うには、「大声でおっしゃいますな。屋根の上にいる人たちが聞くと、とてもみっともないです。(お二人の)これまでのご愛情を、わきまえもせずに去ってしまうことが残念でございます。(この世での)長い縁がなかったので、まもなく去らなければならないのだろうと思うと悲しいのです。
24親たちの顧みを、いささかだに仕うまつらで、まからむ道も安くもあるまじきに、月ごろも出でゐて、今年ばかりの暇を申しつれど、さらに許されぬによりてなむ、かく思ひ嘆きはべる。御心をのみ惑はして去りなむことの、悲しく堪へがたくはべるなり。親たちのお世話を、少しもしてさしあげないで、帰って行く道も安らかではないだろうに、この何か月も(縁側に)出て座って、今年一年だけの猶予を(月の世界に)お願い申し上げたけれど、まったく許されないので、こうして嘆いているのです。(お二人の)お心をただ乱すばかりで去ってしまうことが、悲しくて堪えられないのです。
25かの都の人は、いとけうらに、老いをせずなむ。思ふこともなくはべるなり。さる所へまからむずるも、いみじくもはべらず。老い衰へたまへるさまを見たてまつらざらむこそ恋しからめ。」と言ひて泣く。翁、「胸痛きことなしたまひそ。うるはしき姿したる使ひにも障らじ。」とねたみをり。あの都の人は、とても美しくて、年もとりません。思い悩むこともないのです。そのような所へ行くのも、うれしくもございません。(お二人が)年をとって弱っていかれるご様子を見てさしあげられないことが、きっと恋しく(心残りに)思われるでしょう。」と言って泣く。翁は、「胸が痛くなるようなことをおっしゃいますな。りっぱな姿をした使いであっても、じゃまされたりはしないぞ。」とくやしがっている。
26かかるほどに、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり昼の明かさにも過ぎて光りたり。望月の明かさを十合はせたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。こうしているうちに、夜もふけて、真夜中の十二時ごろに、家のあたりが昼の明るさ以上に光っている。満月の明るさを十合わせたほどで、そこにいる人の毛穴まで見えるほどである。
27大空より、人、雲に乗りて下り来て、土より五尺ばかり上がりたるほどに立ち連ねたり。これを見て、内外なる人の心ども、ものにおそはるるやうにて、相戦はむ心もなかりけり。大空から、人が雲に乗って降りてきて、地面から五尺(約1.5メートル)ほど上がった所に、ずらりと並んで立っている。これを見て、家の内や外にいる人たちの心は、何かにおそわれたような状態で、戦おうという気持ちもなくなってしまった。
28からうじて思ひ起こして、弓矢を取り立てむとすれども、手に力もなくなりて、萎えかがまりたる中に、心さかしき者、念じて射むとすれども、ほかざまへ行きければ、荒れも戦はで、心地ただ痴れに痴れて、まもりあへり。やっとのことで気持ちをふるい起こして、弓矢を構えようとするけれど、手に力も入らなくなって、ぐったりとしてしまった中で、しっかりした者が、がまんして射ようとするけれど、(矢は)見当ちがいの方へ飛んで行ったので、荒々しく戦うこともせず、ただぼうっとして、(天人たちを)見つめ合っているばかりである。
29立てる人どもは、装束の清らなること、ものにも似ず。飛ぶ車一つ具したり。羅蓋さしたり。その中に、王とおぼしき人、家に、「造麻呂、まうで来。」と言ふに、猛く思ひつる造麻呂も、ものに酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。立っている人たちは、着ている衣装の美しいことは、ほかに比べるものがない。空を飛ぶ車を一台持ってきている。(その車には)薄絹を張った傘がさしかけてある。その中に、王と思われる人が、家に向かって、「造麻呂(みやつこまろ)、出て参れ。」と言うと、勇ましい気持ちでいた造麻呂も、何かに酔ったような気分になって、うつぶせに倒れ伏している。
30いはく、「汝、をさなき人。いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、片時のほどとて下ししを、そこらの年ごろ、そこらの金賜ひて、身を変へたるがごとくなりにたり。(王が)言うには、「おまえ、未熟な者よ。少しばかりの善い行いを翁がしたことによって、おまえの助けにと思って、ほんのしばらくの間ということで(かぐや姫を)下したのに、長い年月の間、たくさんの黄金をお与えになって、(おまえは)生まれ変わったようにお金持ちになってしまった。
31かぐや姫は罪をつくりたまへりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限り果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く、あたはぬことなり。はや返したてまつれ。」と言ふ。かぐや姫は罪をおかしなさったので、このように身分の低いおまえの所に、しばらくいらっしゃったのだ。罪をつぐなう期間が終わったので、こうして迎えに来たのに、翁は泣いて嘆く。それはできないことだ。早くお返し申し上げよ。」と言う。
32翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること二十年あまりになりぬ。片時とのたまふに、あやしくなりはべりぬ。また異所に、かぐや姫と申す人ぞおはしますらむ。」と言ふ。「ここにおはするかぐや姫は、重き病をしたまへば、え出でおはしますまじ。」と申せば、翁が答えて申し上げる、「かぐや姫をお育て申し上げて二十年あまりになりました。(それを)ほんのしばらくとおっしゃるので、わけがわからなくなりました。また別の所に、かぐや姫と申し上げる人がいらっしゃるのでしょう。」と言う。「ここにいらっしゃるかぐや姫は、重い病気にかかっていらっしゃるので、出ていらっしゃることはできないでしょう。」と申し上げると、
33その返り事はなくて、屋の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫。きたなき所に、いかでか久しくおはせむ。」と言ふ。立て籠めたる所の戸、すなはちただ開きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。嫗抱きてゐたるかぐや姫、外に出でぬ。えとどむまじければ、ただ、さし仰ぎて泣きをり。(王は)その返事はしないで、屋根の上に飛ぶ車を寄せて、「さあ、かぐや姫。けがれた所に、どうして長くいらっしゃることがありましょうか。」と言う。閉めきっていた所の戸が、すぐにすうっと開いてしまった。格子も、人がいないのにひとりでに開いた。嫗が抱いて座っていたかぐや姫は、外に出てしまった。(嫗は)引きとめることもできそうにないので、ただ空を見上げて泣いている。
34竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ、「ここにも、心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送りたまへ。」と言へども、「何しに、悲しきに見送りたてまつらむ。我をいかにせよとて、捨てては昇りたまふぞ。具して率ておはせね。」と泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。竹取の翁が心を乱して泣き伏している所に(かぐや姫は)近寄って言う、「わたしも、自分の心からではなく、こうして去っていくのですから、せめて天に昇るのだけでもお見送りください。」と言うけれど、(翁は)「どうして、悲しいのに見送り申し上げられようか。わたしをどうしろというつもりで、見捨てて昇っていかれるのか。いっしょに連れて行ってください。」と泣いて伏しているので、(かぐや姫の)お心は乱れてしまった。
35「文を書き置きてまからむ。恋しからむをりをり、取り出でて見たまへ。」とて、うち泣きて書く言葉は、「この国に生まれぬるとならば、嘆かせたてまつらぬほどまではべるべきを、はべらで過ぎ別れぬること、かへすがへす本意なくこそおぼえはべれ。脱ぎ置く衣を形見と見たまへ。月の出でたらむ夜は、見おこせたまへ。見捨てたてまつりてまかる空よりも、落ちぬべき心地す。」と書き置く。「手紙を書き残して去りましょう。恋しく思うような時々に、取り出してご覧ください。」と言って、泣きながら書く言葉は、「この国に生まれたのであれば、(お二人を)嘆かせ申し上げない時まで(おそばに)いるはずですのに、そうできずに去って別れてしまうことは、かえすがえすも残念に思われます。脱いで残していく着物を形見と思ってご覧ください。月が出ているような夜は、(月のほうを)見てください。(お二人を)お見捨て申し上げて去っていく空から、落ちてしまいそうな気持ちがします。」と書き残す。
36天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。またあるは不死の薬入れり。ひとりの天人言ふ、「壺なる御薬たてまつれ。きたなき所のものきこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ。」とて、持て寄りたれば、いささかなめたまひて、少し形見とて、脱ぎ置く衣に包まむとすれば、ある天人包ませず。御衣を取り出でて着せむとす。天人の中の一人に持たせている箱がある。(その中に)天の羽衣が入っている。また別の箱には不死の薬が入っている。一人の天人が言う、「壺に入っているお薬をお飲みください。けがれた所の物を召し上がっていたので、ご気分が悪いことでしょう。」と言って、(薬を)持って近寄ったので、(かぐや姫は)少しおなめになって、少しを形見として、脱いで残す着物に包もうとすると、そばにいた天人が包ませない。(天の羽衣の)お着物を取り出して着せようとする。
37その時に、かぐや姫、「しばし待て。」と言ふ。「衣着つる人は、心異になるなり。もの一言、言ひ置くべきことあり。」と言ひて、文書く。天人、「遅し。」と心もとながりたまふ。かぐや姫、「もの知らぬことなのたまひそ。」とて、いみじく静かに、おほやけに御文たてまつりたまふ。あわてぬさまなり。その時に、かぐや姫は「少し待ちなさい。」と言う。「(天の羽衣を)着た人は、心が(人間とは)ちがうものになるのです。一言、言い残しておかなければならないことがあります。」と言って、手紙を書く。天人は「遅い。」とじれったくお思いになる。かぐや姫は「ものの情けを知らないことをおっしゃいますな。」と言って、とても静かに、帝にお手紙を差し上げなさる。落ち着いた様子である。
38「かく数多の人を賜ひて、とどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。宮仕へつかうまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にてはべれば。心得ず思しめしつらめども、心強く承らずなりにしこと、なめげなるものに思しめしとどめられぬるなむ、心にとまりはべりぬる。」とて、「このようにたくさんの人をおつかわしになって、(わたしを)引きとめさせなさいますが、(それを)許さない迎えがやって来て、(わたしを)連れて行ってしまうので、残念で悲しいことです。宮仕えをいたさずに終わってしまったのも、このように面倒な(人間ではない)身でございますので。(帝は)わけがわからないとお思いになったでしょうけれど、強情にお言葉をお受けしないままになってしまったことを、無礼な者だとお心にとどめておかれてしまったことが、心残りでございます。」と書いて、
39今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でける今はもうこれまでと、天の羽衣を着るこの時になって、あなた(帝)のことをしみじみと慕わしく思い出すことです。
40とて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せてたてまつらす。中将に、天人取りて伝ふ。中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁をいとほし、かなしと思しつることも失せぬ。この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して昇りぬ。と書いて、壺の(不死の)薬を添えて、頭中将を呼び寄せて(帝に)献上させる。中将には、天人が(手紙と薬を)受け取って渡す。中将が受け取ったので、(天人が)さっと天の羽衣をお着せ申し上げたところ、(かぐや姫が)翁を気の毒だ、いとしいと思っていらっしゃった気持ちも消えてしまった。この羽衣を着た人は、物思いがなくなってしまったので、(かぐや姫は)車に乗って、百人ほどの天人を連れて、天に昇ってしまった。