原文は國民文庫本をもとに教科書の形に整えたもの、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。
| 原文 | 現代語訳 | |
|---|---|---|
| 1 | かやうにて、御心をたがひに慰めたまふほどに、三年ばかりありて、春の初めより、かぐや姫、月のおもしろう出でたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。ある人の、「月の顔見るは忌むこと。」と制しけれども、ともすれば人間には月を見て、いみじく泣きたまふ。 | このようにして、(帝とかぐや姫が手紙で)お互いに心を慰め合っていらっしゃるうちに、三年ほどたって、春のはじめごろから、かぐや姫は、月が美しく出ているのを見て、いつもより物思いにしずんでいる様子である。ある人が「月の顔を見るのは不吉なことです。」と止めたけれども、ともすると人のいない間に月を見て、ひどくお泣きになる。 |
| 2 | 七月のもちの月に出でゐて、せちにもの思へる気色なり。 | 七月十五日の満月の夜に、(縁側に)出て座って、ひどく物思いにしずんでいる様子である。 |
| 3 | 近く使はるる人々、竹取の翁に告げていはく、「かぐや姫、例も月をあはれがりたまひけれども、このごろとなりては、ただごとにもはべらざめり。いみじく思し嘆くことあるべし。よくよく見たてまつらせたまへ。」と言ふを聞きて、 | おそば近くで使われている人たちが、竹取の翁に知らせて言うには、「かぐや姫は、いつも月をしみじみと眺めていらっしゃったけれど、このごろになっては、ふつうのことではないようでございます。ひどく思い悩んでいらっしゃることがあるのでしょう。よくよく気をつけて見てさしあげてください。」と言うのを(翁が)聞いて、 |
| 4 | かぐや姫に言ふやう、「なでふ心地すれば、かくものを思ひたるさまにて、月を見たまふぞ。うましき世に。」と言ふ。かぐや姫、「月を見れば、世の中心細くあはれにはべり。なでふものをか嘆きはべるべき。」と言ふ。 | (翁が)かぐや姫に言うことには、「どんな気持ちがするので、こんなに物思いをしている様子で月をご覧になるのか。こんなに満ち足りた世の中なのに。」と言う。かぐや姫は、「月を見ると、世の中が心細く、しみじみと悲しく思われるのです。どうして何かを嘆いたりするでしょうか(いいえ、何も嘆いてなどいません)。」と言う。 |
| 5 | かぐや姫のある所に至りて見れば、なほもの思へる気色なり。これを見て、「あが仏、何ごと思ひたまふぞ。思すらむこと何ごとぞ。」と言へば、「思ふこともなし。ものなむ心細くおぼゆる。」と言へば、 | (翁が)かぐや姫のいる所に行って見ると、やはり物思いにしずんでいる様子である。これを見て、「わたしの大切な人よ、何を思い悩んでいらっしゃるのか。思っておられることは何なのか。」と言うと、「思い悩むこともありません。なんとなく心細く感じられるのです。」と言うので、 |
| 6 | 翁、「月な見たまひそ。これを見たまへば、もの思す気色はあるぞ。」と言へば、「いかでか月を見ずにはあらむ。」とて、なほ月出づれば、出でゐつつ嘆き思へり。 | 翁が、「月を見なさいますな。これをご覧になるから、物思いの様子があるのだ。」と言うと、「どうして月を見ないでいられましょうか。」と言って、やはり月が出ると、(縁側に)出て座っては嘆き悲しんでいる。 |
| 7 | 夕闇にはもの思はぬ気色なり。月のほどになりぬれば、なほ時々はうち嘆き泣きなどす。これを使ふ者ども、「なほもの思すことあるべし。」とささやけど、親をはじめて何ごととも知らず。 | 月の出ていない夕方の暗い間は、物思いをしていない様子である。月の出る時分になると、やはり時々はため息をついて泣いたりする。これを(そばで)使われている者たちは、「やはり何か思い悩んでいらっしゃることがあるにちがいない。」とささやき合うけれど、親(翁と嫗)をはじめとして、だれも何のことかわからない。 |
| 8 | 八月十五日ばかりの月に出でゐて、かぐや姫いといたく泣きたまふ。人目も今はつつみたまはず泣きたまふ。これを見て、親どもも「何ごとぞ。」と問ひ騒ぐ。 | 八月十五日ごろの満月の夜に、(縁側に)出て座って、かぐや姫はたいそうひどくお泣きになる。人目も今はもう気にせずにお泣きになる。これを見て、親たちも「どうしたのか。」とうろたえてたずねる。 |
| 9 | かぐや姫泣く泣く言ふ、「さきざきも申さむと思ひしかども、必ず心惑はしたまはむものぞと思ひて、今まで過ごしはべりつるなり。さのみやはとて、うち出ではべりぬるぞ。 | かぐや姫は泣きながら言う、「前々から申し上げようと思っていましたが、きっとお心を乱されるにちがいないと思って、今まで(言わずに)過ごしてきたのです。けれど、そうばかりしていられようかと思って、打ち明けるのです。 |
| 10 | おのが身は、この国の人にもあらず、月の都の人なり。それを、昔の契りなりけるによりてなむ、この世界にはまうで来たりける。 | わたしの身は、この国の人ではなく、月の都の人なのです。それなのに、前世からの約束があったことによって、この人間の世界にやって参ったのです。 |
| 11 | 今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうで来むず。さらずまかりぬべければ、思し嘆かむが悲しきことを、この春より思ひ嘆きはべるなり。」と言ひて、いみじく泣く。 | もう帰らなければならない時になったので、今月の十五日に、あのもとの国から、迎えに人々がやって参るでしょう。どうしても行かなければならないので、(お二人が)お嘆きになるだろうことが悲しくて、この春から思い悩んでいたのです。」と言って、ひどく泣く。 |
| 12 | 翁、「こは、なでふことをのたまふぞ。竹の中より見つけきこえたりしかど、菜種の大きさおはせしを、我が丈立ち並ぶまで養ひたてまつりたる我が子を、何人か迎へきこえむ。まさに許さむや。」と言ひて、「我こそ死なめ。」とて、泣きののしること、いと堪へがたげなり。 | 翁は、「これはまた、なんということをおっしゃるのか。竹の中から見つけ申し上げたけれど、菜種ほどの大きさでいらっしゃったのを、わたしの背丈と並ぶほどまでお育て申し上げた我が子を、だれが迎えに来られようか(いや、だれにも連れて行かせない)。どうして許したりするものか。」と言って、「わたしのほうこそ死んでしまいたい。」と言って、泣きわめく様子は、まったく見ていられないほどである。 |
| 13 | かぐや姫のいはく、「月の都の人にて父母あり。片時の間とて、かの国よりまうで来しかども、かくこの国には数多の年を経ぬるになむありける。 | かぐや姫が言うことには、「(わたしには)月の都の人として父母がいます。ほんのしばらくの間ということで、あの国からやって参りましたが、こうしてこの国で、たくさんの年月を過ごしてしまったのでした。 |
| 14 | かの国の父母のこともおぼえず。ここには、かく久しく遊びきこえて、慣らひたてまつれり。いみじからむ心地もせず。悲しくのみなむある。されどおのが心ならずまかりなむとする。」と言ひて、もろともにいみじう泣く。 | あの国の父母のことも覚えていません。ここでは、こんなに長い間楽しく過ごさせていただいて、すっかりなじみ申し上げました。(月に帰っても)うれしいような気持ちもしません。ただ悲しいばかりです。けれども、自分の心のままにならずに、行ってしまおうとしているのです。」と言って、(翁たちと)いっしょにひどく泣く。 |
| 15 | 使はるる人々も、年ごろ慣らひて、立ち別れなむことを、心ばへなどあてやかにうつくしかりつることを見慣らひて、恋しからむことの堪へがたく、湯水も飲まれず、同じ心に嘆かしがりけり。 | 使われている人たちも、長年なれ親しんできて、(かぐや姫と)別れてしまうことを、気だてなどが上品でかわいらしかったのを見なれていたので、(いなくなったら)恋しく思うだろうことが堪えられないほどつらく、湯や水も飲むことができず、(翁たちと)同じ気持ちで嘆き悲しんだ。 |
| 16 | この事を帝きこしめして、竹取が家に御使ひつかはさせたまふ。御使ひに竹取出で会ひて、泣くこと限りなし。この事を嘆くに、髪も白く、腰もかがまり、目もただれにけり。翁、今年は五十ばかりなりけれども、もの思ひには片時になむ老いになりにけると見ゆ。 | このことを帝がお聞きになって、竹取の家にお使いをお送りになる。お使いに竹取の翁は出て会って、限りなく泣く。このことを嘆くあまり、髪も白くなり、腰も曲がり、目もただれてしまった。翁は今年五十歳ほどであったけれど、物思いのために、ほんの短い間にすっかり年をとってしまったと見える。 |
| 17 | 御使ひ、仰せ言とて翁にいはく、「いと心苦しくもの思ふなるは、まことにか。」と仰せたまふ。竹取泣く泣く申す、「このもちになむ、月の都よりかぐや姫の迎へにまうで来なる。尊く問はせたまふ。このもちには、人々賜りて、月の都の人まうで来ば、捕らへさせむ。」と申す。 | お使いが、帝のお言葉として翁に言うには、「たいそう心を痛めて思い悩んでいるというのは、本当か。」とおっしゃる。竹取の翁は泣きながら申し上げる、「今度の十五日に、月の都からかぐや姫の迎えがやって来るそうです。ありがたくもおたずねくださいました。この十五日には、(帝から)人々をいただいて、月の都の人がやって来たら、捕らえさせよう(と思います)。」と申し上げる。 |
| 18 | 御使ひ帰り参りて、翁のありさま申して、奏しつることども申すを聞こしめしてのたまふ、「一目見たまひし御心にだに忘れたまはぬに、明け暮れ見慣れたるかぐや姫をやりては、いかが思ふべき。」 | お使いが(宮中に)帰って参上して、翁の様子を申し上げ、(翁が)申し上げたことなどを申し上げるのを、(帝が)お聞きになっておっしゃる、「(わたしのように)一目見ただけの心でさえ忘れられないのに、朝晩見なれていたかぐや姫を(月へ)行かせてしまっては、(翁は)どう思うだろうか。」 |
| 19 | かの十五日、司々に仰せて、勅使、少将高野の大国といふ人を指して、六衛の司合はせて、二千人の人を竹取が家につかはす。家にまかりて、築地の上に千人、屋の上に千人、家の人々いと多かりけるに合はせて、空ける隙もなく守らす。この守る人々も弓矢を帯してをり。母屋の内には、女どもを番にすゑて守らす。嫗、塗籠の内に、かぐや姫を抱きてをり。翁も、塗籠の戸鎖して、戸口にをり。 | その十五日に、(帝は)役所役所にお命じになって、勅使として少将高野の大国という人を指名して、六衛府の役人を合わせて二千人の人を竹取の家に派遣する。(人々は)家に参上して、土塀の上に千人、屋根の上に千人、家の使用人たちがとても多かったのと合わせて、すき間もなく守らせる。この守る人々も弓矢を身につけている。母屋の中では、女たちを番に置いて守らせる。嫗は、塗籠(周りを壁で囲った部屋)の中で、かぐや姫を抱きかかえている。翁も、塗籠の戸に錠をおろして、戸口にいる。 |
| 20 | 翁のいはく、「かばかり守る所に、天の人にも負けむや。」と言ひて、屋の上にをる人々にいはく、「つゆも、もの空に翔らば、ふと射殺したまへ。」守る人々のいはく、「かばかりして守る所に、かはほり一つだにあらば、まづ射殺して、外にさらさむと思ひはべる。」と言ふ。翁これを聞きて、頼もしがりをり。 | 翁が言うには、「これほど守っている所で、天の人にも負けるだろうか(いや、負けるはずがない)。」と言って、屋根の上にいる人々に言うには、「少しでも何かが空を飛んだら、すぐに射殺してください。」守っている人々が言うには、「これほどにして守っている所に、こうもり一匹でもいたら、まず射殺して、外にさらしてやろうと思っています。」と言う。翁はこれを聞いて、頼もしく思っている。 |
| 21 | これを聞きて、かぐや姫は、「鎖し籠めて、守り戦ふべきしたくみをしたりとも、あの国の人を、え戦はぬなり。弓矢して射られじ。かく鎖し籠めてありとも、かの国の人来ば、みな開きなむとす。相戦はむとすとも、かの国の人来なば、猛き心つかふ人も、よもあらじ。」 | これを聞いて、かぐや姫は、「(わたしを)閉じこめて、守り戦う準備をしていても、あの国の人とは戦うことができないのです。弓矢で射ることもできないでしょう。このように閉じこめていても、あの国の人が来たら、どこもみな開いてしまうでしょう。戦おうとしても、あの国の人が来てしまったら、勇ましい心をふるう人も、まさかいないでしょう。」 |
| 22 | 翁のいふやう、「御迎へに来む人をば、長き爪して眼をつかみつぶさむ。さが髪を取りてかなぐり落とさむ。さが尻をかき出でて、ここらのおほやけ人に見せて恥を見せむ。」と腹立ちをり。 | 翁が言うことには、「お迎えに来るような人を、長い爪で目玉をつかんでつぶしてやろう。そいつの髪の毛をつかんで引きずり落としてやろう。そいつの尻をまくり出して、ここにいる大勢の役人たちに見せて恥をかかせてやろう。」と腹を立てている。 |
| 23 | かぐや姫いはく、「声高になのたまひそ。屋の上にをる人どもの聞くに、いとまさなし。いますかりつる心ざしどもを、思ひも知らで、まかりなむずることの口惜しうはべりけり。長き契りのなかりければ、ほどなくまかりぬべきなめりと思ふが悲しくはべるなり。 | かぐや姫が言うには、「大声でおっしゃいますな。屋根の上にいる人たちが聞くと、とてもみっともないです。(お二人の)これまでのご愛情を、わきまえもせずに去ってしまうことが残念でございます。(この世での)長い縁がなかったので、まもなく去らなければならないのだろうと思うと悲しいのです。 |
| 24 | 親たちの顧みを、いささかだに仕うまつらで、まからむ道も安くもあるまじきに、月ごろも出でゐて、今年ばかりの暇を申しつれど、さらに許されぬによりてなむ、かく思ひ嘆きはべる。御心をのみ惑はして去りなむことの、悲しく堪へがたくはべるなり。 | 親たちのお世話を、少しもしてさしあげないで、帰って行く道も安らかではないだろうに、この何か月も(縁側に)出て座って、今年一年だけの猶予を(月の世界に)お願い申し上げたけれど、まったく許されないので、こうして嘆いているのです。(お二人の)お心をただ乱すばかりで去ってしまうことが、悲しくて堪えられないのです。 |
| 25 | かの都の人は、いとけうらに、老いをせずなむ。思ふこともなくはべるなり。さる所へまからむずるも、いみじくもはべらず。老い衰へたまへるさまを見たてまつらざらむこそ恋しからめ。」と言ひて泣く。翁、「胸痛きことなしたまひそ。うるはしき姿したる使ひにも障らじ。」とねたみをり。 | あの都の人は、とても美しくて、年もとりません。思い悩むこともないのです。そのような所へ行くのも、うれしくもございません。(お二人が)年をとって弱っていかれるご様子を見てさしあげられないことが、きっと恋しく(心残りに)思われるでしょう。」と言って泣く。翁は、「胸が痛くなるようなことをおっしゃいますな。りっぱな姿をした使いであっても、じゃまされたりはしないぞ。」とくやしがっている。 |
| 26 | かかるほどに、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり昼の明かさにも過ぎて光りたり。望月の明かさを十合はせたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。 | こうしているうちに、夜もふけて、真夜中の十二時ごろに、家のあたりが昼の明るさ以上に光っている。満月の明るさを十合わせたほどで、そこにいる人の毛穴まで見えるほどである。 |
| 27 | 大空より、人、雲に乗りて下り来て、土より五尺ばかり上がりたるほどに立ち連ねたり。これを見て、内外なる人の心ども、ものにおそはるるやうにて、相戦はむ心もなかりけり。 | 大空から、人が雲に乗って降りてきて、地面から五尺(約1.5メートル)ほど上がった所に、ずらりと並んで立っている。これを見て、家の内や外にいる人たちの心は、何かにおそわれたような状態で、戦おうという気持ちもなくなってしまった。 |
| 28 | からうじて思ひ起こして、弓矢を取り立てむとすれども、手に力もなくなりて、萎えかがまりたる中に、心さかしき者、念じて射むとすれども、ほかざまへ行きければ、荒れも戦はで、心地ただ痴れに痴れて、まもりあへり。 | やっとのことで気持ちをふるい起こして、弓矢を構えようとするけれど、手に力も入らなくなって、ぐったりとしてしまった中で、しっかりした者が、がまんして射ようとするけれど、(矢は)見当ちがいの方へ飛んで行ったので、荒々しく戦うこともせず、ただぼうっとして、(天人たちを)見つめ合っているばかりである。 |
| 29 | 立てる人どもは、装束の清らなること、ものにも似ず。飛ぶ車一つ具したり。羅蓋さしたり。その中に、王とおぼしき人、家に、「造麻呂、まうで来。」と言ふに、猛く思ひつる造麻呂も、ものに酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。 | 立っている人たちは、着ている衣装の美しいことは、ほかに比べるものがない。空を飛ぶ車を一台持ってきている。(その車には)薄絹を張った傘がさしかけてある。その中に、王と思われる人が、家に向かって、「造麻呂(みやつこまろ)、出て参れ。」と言うと、勇ましい気持ちでいた造麻呂も、何かに酔ったような気分になって、うつぶせに倒れ伏している。 |
| 30 | いはく、「汝、をさなき人。いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、片時のほどとて下ししを、そこらの年ごろ、そこらの金賜ひて、身を変へたるがごとくなりにたり。 | (王が)言うには、「おまえ、未熟な者よ。少しばかりの善い行いを翁がしたことによって、おまえの助けにと思って、ほんのしばらくの間ということで(かぐや姫を)下したのに、長い年月の間、たくさんの黄金をお与えになって、(おまえは)生まれ変わったようにお金持ちになってしまった。 |
| 31 | かぐや姫は罪をつくりたまへりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限り果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く、あたはぬことなり。はや返したてまつれ。」と言ふ。 | かぐや姫は罪をおかしなさったので、このように身分の低いおまえの所に、しばらくいらっしゃったのだ。罪をつぐなう期間が終わったので、こうして迎えに来たのに、翁は泣いて嘆く。それはできないことだ。早くお返し申し上げよ。」と言う。 |
| 32 | 翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること二十年あまりになりぬ。片時とのたまふに、あやしくなりはべりぬ。また異所に、かぐや姫と申す人ぞおはしますらむ。」と言ふ。「ここにおはするかぐや姫は、重き病をしたまへば、え出でおはしますまじ。」と申せば、 | 翁が答えて申し上げる、「かぐや姫をお育て申し上げて二十年あまりになりました。(それを)ほんのしばらくとおっしゃるので、わけがわからなくなりました。また別の所に、かぐや姫と申し上げる人がいらっしゃるのでしょう。」と言う。「ここにいらっしゃるかぐや姫は、重い病気にかかっていらっしゃるので、出ていらっしゃることはできないでしょう。」と申し上げると、 |
| 33 | その返り事はなくて、屋の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫。きたなき所に、いかでか久しくおはせむ。」と言ふ。立て籠めたる所の戸、すなはちただ開きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。嫗抱きてゐたるかぐや姫、外に出でぬ。えとどむまじければ、ただ、さし仰ぎて泣きをり。 | (王は)その返事はしないで、屋根の上に飛ぶ車を寄せて、「さあ、かぐや姫。けがれた所に、どうして長くいらっしゃることがありましょうか。」と言う。閉めきっていた所の戸が、すぐにすうっと開いてしまった。格子も、人がいないのにひとりでに開いた。嫗が抱いて座っていたかぐや姫は、外に出てしまった。(嫗は)引きとめることもできそうにないので、ただ空を見上げて泣いている。 |
| 34 | 竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ、「ここにも、心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送りたまへ。」と言へども、「何しに、悲しきに見送りたてまつらむ。我をいかにせよとて、捨てては昇りたまふぞ。具して率ておはせね。」と泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。 | 竹取の翁が心を乱して泣き伏している所に(かぐや姫は)近寄って言う、「わたしも、自分の心からではなく、こうして去っていくのですから、せめて天に昇るのだけでもお見送りください。」と言うけれど、(翁は)「どうして、悲しいのに見送り申し上げられようか。わたしをどうしろというつもりで、見捨てて昇っていかれるのか。いっしょに連れて行ってください。」と泣いて伏しているので、(かぐや姫の)お心は乱れてしまった。 |
| 35 | 「文を書き置きてまからむ。恋しからむをりをり、取り出でて見たまへ。」とて、うち泣きて書く言葉は、「この国に生まれぬるとならば、嘆かせたてまつらぬほどまではべるべきを、はべらで過ぎ別れぬること、かへすがへす本意なくこそおぼえはべれ。脱ぎ置く衣を形見と見たまへ。月の出でたらむ夜は、見おこせたまへ。見捨てたてまつりてまかる空よりも、落ちぬべき心地す。」と書き置く。 | 「手紙を書き残して去りましょう。恋しく思うような時々に、取り出してご覧ください。」と言って、泣きながら書く言葉は、「この国に生まれたのであれば、(お二人を)嘆かせ申し上げない時まで(おそばに)いるはずですのに、そうできずに去って別れてしまうことは、かえすがえすも残念に思われます。脱いで残していく着物を形見と思ってご覧ください。月が出ているような夜は、(月のほうを)見てください。(お二人を)お見捨て申し上げて去っていく空から、落ちてしまいそうな気持ちがします。」と書き残す。 |
| 36 | 天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。またあるは不死の薬入れり。ひとりの天人言ふ、「壺なる御薬たてまつれ。きたなき所のものきこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ。」とて、持て寄りたれば、いささかなめたまひて、少し形見とて、脱ぎ置く衣に包まむとすれば、ある天人包ませず。御衣を取り出でて着せむとす。 | 天人の中の一人に持たせている箱がある。(その中に)天の羽衣が入っている。また別の箱には不死の薬が入っている。一人の天人が言う、「壺に入っているお薬をお飲みください。けがれた所の物を召し上がっていたので、ご気分が悪いことでしょう。」と言って、(薬を)持って近寄ったので、(かぐや姫は)少しおなめになって、少しを形見として、脱いで残す着物に包もうとすると、そばにいた天人が包ませない。(天の羽衣の)お着物を取り出して着せようとする。 |
| 37 | その時に、かぐや姫、「しばし待て。」と言ふ。「衣着つる人は、心異になるなり。もの一言、言ひ置くべきことあり。」と言ひて、文書く。天人、「遅し。」と心もとながりたまふ。かぐや姫、「もの知らぬことなのたまひそ。」とて、いみじく静かに、おほやけに御文たてまつりたまふ。あわてぬさまなり。 | その時に、かぐや姫は「少し待ちなさい。」と言う。「(天の羽衣を)着た人は、心が(人間とは)ちがうものになるのです。一言、言い残しておかなければならないことがあります。」と言って、手紙を書く。天人は「遅い。」とじれったくお思いになる。かぐや姫は「ものの情けを知らないことをおっしゃいますな。」と言って、とても静かに、帝にお手紙を差し上げなさる。落ち着いた様子である。 |
| 38 | 「かく数多の人を賜ひて、とどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。宮仕へつかうまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にてはべれば。心得ず思しめしつらめども、心強く承らずなりにしこと、なめげなるものに思しめしとどめられぬるなむ、心にとまりはべりぬる。」とて、 | 「このようにたくさんの人をおつかわしになって、(わたしを)引きとめさせなさいますが、(それを)許さない迎えがやって来て、(わたしを)連れて行ってしまうので、残念で悲しいことです。宮仕えをいたさずに終わってしまったのも、このように面倒な(人間ではない)身でございますので。(帝は)わけがわからないとお思いになったでしょうけれど、強情にお言葉をお受けしないままになってしまったことを、無礼な者だとお心にとどめておかれてしまったことが、心残りでございます。」と書いて、 |
| 39 | 今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でける | 今はもうこれまでと、天の羽衣を着るこの時になって、あなた(帝)のことをしみじみと慕わしく思い出すことです。 |
| 40 | とて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せてたてまつらす。中将に、天人取りて伝ふ。中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁をいとほし、かなしと思しつることも失せぬ。この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して昇りぬ。 | と書いて、壺の(不死の)薬を添えて、頭中将を呼び寄せて(帝に)献上させる。中将には、天人が(手紙と薬を)受け取って渡す。中将が受け取ったので、(天人が)さっと天の羽衣をお着せ申し上げたところ、(かぐや姫が)翁を気の毒だ、いとしいと思っていらっしゃった気持ちも消えてしまった。この羽衣を着た人は、物思いがなくなってしまったので、(かぐや姫は)車に乗って、百人ほどの天人を連れて、天に昇ってしまった。 |


