
この記事の結論
- 葵祭(あおいまつり)は、下鴨神社と上賀茂神社の祭りで、毎年5月15日に行われます。2027年は5月15日(土)です。平安貴族の姿の行列(約500人・約8キロ)が京都御所から両神社へ進みます
- 古くは賀茂祭(かものまつり)と呼ばれ、平安時代は「祭」といえばこの祭りでした。だから古文で「祭」と出てきたら、ほぼ葵祭と考えて読みましょう

2014年5月15日、この記事を最初に書いた日は、京都三大祭の一つ「葵祭」の日でした。葵祭の写真は「京都フリー写真素材」さんからいただきました。ありがとうございます。
この記事では、葵祭の基本(いつ・どこで・何をする祭りか)と、京都三大祭のちがい、行列のコースと時刻、歴史、そして受験生にとっていちばん大事な「古文の『祭』=葵祭」の話を、図でまとめます。
葵祭とは?いつ・どこで行われる京都の祭り
葵祭は、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ=下鴨神社)と賀茂別雷神社(かもわけいかづちじんじゃ=上賀茂神社)の例祭(毎年決まった日に行う大切な祭り)です。京都市観光協会の案内によると、約1500年前に始まったとされ、平安時代から国の行事として続いてきました。宮中から天皇の使い(勅使)が送られる「勅祭(ちょくさい)」で、石清水祭・春日祭とあわせて「三勅祭」の一つに数えられます。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日にち | 毎年5月15日(2027年は土曜日)。雨のときは順延(前日18時ごろに判断) |
| 神社 | 下鴨神社(賀茂御祖神社)・上賀茂神社(賀茂別雷神社) |
| 昔の名前 | 賀茂祭(かものまつり)・北の祭り |
| 見どころ | 平安装束の行列「路頭の儀」。500余名・馬36頭・牛4頭・牛車2基 |
| 名前の由来 | 行列や社殿を二葉葵(フタバアオイ)の葉で飾ること |
葵祭の儀式は、もともと宮中の儀・路頭の儀・社頭の儀の3つでした。今は、行列の「路頭の儀(ろとうのぎ)」と、両神社で行う「社頭の儀(しゃとうのぎ)」が行われています。
京都三大祭(葵祭・祇園祭・時代祭)のちがい
元の記事でも紹介したとおり、京都三大祭は次の3つです。
- 葵祭:5月15日。下鴨神社・上賀茂神社。平安貴族の行列
- 祇園祭:7月の1か月間。八坂神社。山鉾巡行(やまほこじゅんこう)が有名
- 時代祭:10月22日。平安神宮。明治時代に始まった、時代ごとの衣装の行列
3つの中でいちばん古いのが葵祭です。祇園祭は「夏の京都」、時代祭は「秋の京都」、葵祭は「初夏の京都」の祭りと覚えると、季節と結びついて忘れにくくなります。旧暦では4月は「卯月(うづき)」で、夏のはじまりの月でした。月の名前は旧暦の月の名前(睦月〜師走)一覧で確かめておきましょう。
葵祭 2027の日程と行列のコース・時間
行列(路頭の儀)は、京都御所の建礼門の前を出発し、下鴨神社に寄ってから上賀茂神社へ向かいます。京都市観光協会の案内では、時刻(行列の先頭)は次のとおりです。
| 場所 | 時刻(先頭) | 通る道 |
|---|---|---|
| 京都御所 出発 | 10:30 | 堺町御門→丸太町通→河原町通 |
| 下鴨神社 到着 | 11:40 | 下鴨本通(ここで社頭の儀) |
| 下鴨神社 出発 | 14:20 | 下鴨本通→北大路通 |
| 北大路橋 | 14:55 | 賀茂川堤を北へ |
| 上賀茂神社 到着 | 15:30 | (ここで社頭の儀) |
行列はとても長く、1つの場所を全部が通りすぎるのに約1時間かかります。2027年の正式な時刻や有料観覧席は、春に京都市観光協会や両神社から出る案内で確かめてください。下鴨神社は京阪「出町柳駅」の近くにあり、京都大学(京大)の吉田キャンパスからも出町柳を通って行ける距離です。京大のまわりのお祭りは、2月の吉田神社の節分祭と京大合格祈願、11月の京大の学園祭を紹介した京大ではパンケーキが「ベンゼン環」の形もどうぞ。
行列の主な役
行列の中心は、天皇の使いの勅使(ちょくし)です。両神社で御祭文(ごさいもん)を読み、捧げ物を納めます。ほかに、都の警察と裁判を受け持った検非違使(けびいし)、内蔵使(くらづかい)、山城使(やましろづかい)などが続きます。後ろの「女人列」には、十二単(じゅうにひとえ)姿の斎王代(さいおうだい)が輿(こし)に乗って進みます。検非違使や勅使のような役職は、古文の読解でも出てきます。古文の官職と身分で整理しておくと、行列を見るのが何倍も楽しくなります。
葵祭の前儀:流鏑馬神事・賀茂競馬・御蔭祭
5月15日の本番の前にも、両神社では「前儀(ぜんぎ)」と呼ばれる行事が続きます。
| 日 | 行事 | 場所 |
|---|---|---|
| 5月1日 | 賀茂競馬足汰式(かもくらべうまあしぞろえしき) | 上賀茂神社 |
| 5月3日 | 流鏑馬神事(やぶさめしんじ) | 下鴨神社 |
| 5月4日 | 斎王代の禊の儀(みそぎのぎ) | 両社が毎年交互 |
| 5月5日 | 賀茂競馬(かもくらべうま) | 上賀茂神社 |
| 5月5日 | 歩射神事(ぶしゃしんじ) | 下鴨神社 |
| 5月12日 | 御蔭祭(みかげまつり) | 下鴨神社 |
流鏑馬は、走る馬の上から的を射る行事です。賀茂競馬は2頭の馬が速さを競う行事で、『徒然草』41段にも「賀茂の競べ馬」を見に行った話が出てきます。斎王代の「禊(みそぎ)」は、川の水で身を清める儀式です。「みそぎ」という言葉は、あとで紹介する百人一首98番にも出てきます。
うかるくん
葵祭って15日の1日だけだと思ってました。5月はほとんど毎週なにかあるんですね!
合格先生
そうなんだ。前儀で場を清め、準備を重ねて、15日の行列になる。古文の「祭のころ」という言い方も、この初夏の時期全体の空気をさしているんだよ。
サクラちゃん
5月の京都は、街じゅうがお祭りモードなんですね。
葵祭の歴史:賀茂祭から「葵祭」へ
京都市観光協会によると、葵祭の始まりは欽明天皇(在位539〜571年)のころです。風雨がひどく作物が実らなかったため占わせたところ、賀茂の神のたたりとわかりました。そこで旧暦4月の中の酉(とり)の日に祭りを行うと、風雨がおさまり、五穀がよく実ったと伝えられています。
平安時代の弘仁10年(819年)には、朝廷が行う国の行事に準じる祭りになりました。平安時代の中ごろには、「祭」といえば葵祭のことをさすほど有名になります。
ところが、応仁の乱(1467〜1477年)のあと、約200年間も途絶えてしまいます。元禄7年(1694年)にようやく再興され、このころから葵の葉で飾るようになったことから「葵祭」と呼ばれるようになりました。その後も、明治4年(1871年)〜明治16年(1883年)、昭和18年(1943年)〜昭和27年(1952年)に中断や行列の中止がありました。
行列でいちばん目立つ斎王代が登場したのは、意外に新しく昭和31年(1956年)です。平安時代には、未婚の皇女(内親王)が「斎王」として祭りに仕えていましたが、鎌倉時代に途絶えました。その「代わり」として市民から選ばれるのが斎王代です。
同じ京都の歴史として、足利義満・義政の時代の金閣寺と銀閣寺(鹿苑寺と慈照寺)や、宮本武蔵の決闘の地一乗寺下がり松もあわせて読むと、京都の地理と歴史がつながります。
なぜ「葵」?二葉葵(フタバアオイ)と葵桂
行列の牛車(御所車)、勅使の冠、お供の人の衣装などには、緑の葉が飾られています。これが二葉葵(フタバアオイ)で、下鴨神社と上賀茂神社の神紋(しんもん=神社のマーク)です。桂(かつら)の小枝に二葉葵をからませたものを「葵桂(あおいかつら)」と呼びます。祭りで使う葵は、毎年両神社から御所に納められます。
古文では、「葵」は歴史的仮名遣いで「あふひ」と書きます。これが「逢ふ日(あふひ=恋人に会う日)」と同じ音なので、和歌ではよく掛詞(かけことば)として使われます。掛詞のしくみは古文文法辞典「掛詞」、「あふひ」を「あおい」と読むルールは歴史的仮名遣いで確かめましょう。

合格先生
古文で「祭」とだけ書いてあれば賀茂祭(葵祭)。「あふひ」は葵と逢ふ日の掛詞。この2つは入試の前に必ず覚えておこう!
古文で「祭」といえば葵祭(受験生は覚えよう)
元の記事でいちばん伝えたかったのがここです。古文で「まつり(祭)」という言葉が出てくると、この「葵祭(賀茂祭)」をさすことが多いので覚えておきましょう。祇園祭や時代祭ではありません。
このような「古文の常識」を知っていると、読解のスピードが上がります。ほかの常識は古文常識(住まい・恋と結婚・物忌み)に、季節と月の関係は旧暦・季節・時刻にまとめています。
徒然草19段「祭のころ」
灌仏のころ、祭のころ、若葉の梢涼しげに茂りゆくほどこそ、世のあはれも、人の恋しさもまされ。
(徒然草 第十九段)
現代語訳:灌仏会のころ、葵祭のころ、若葉の梢(こずえ)が涼しそうに茂っていくころこそ、人の世の情趣も、人の恋しさもいっそう強まる。
灌仏(かんぶつ)は4月8日、お釈迦さまの誕生日です。甘茶を仏像に注いで祝いました。「灌仏のころ」は「かんぶつのころ」と読みます。ここで「祭」とだけ書かれているのが、まさに葵祭です。旧暦4月の行事が2つ並んでいるわけです。
文法の目で見ると、この1文は係り結びのよい例です。係助詞「こそ」を受けて、文の終わりが「まさる」ではなく已然形の「まされ」になっています。くわしくは古文文法辞典「係り結び」へ。
『徒然草』の作者は兼好法師(吉田兼好)です。有名な188段は「一事を必ずなさんと思はば」徒然草188段の原文・現代語訳で読めます。また、徒然草の137段「花はさかりに」の後半では、祭(賀茂祭)の見物のしかたを通して、ものの味わい方が語られます。
源氏物語「葵」の巻:車争い
『源氏物語』の「葵(あおい)」の巻には、有名な「車争い」の場面があります。賀茂祭の前、新しい斎院の御禊(ごけい)の行列に光源氏が加わることになり、都の人々は見物に集まります。そこで、光源氏の正妻・葵の上の牛車の従者たちが、ひっそり見に来ていた六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の牛車を押しのけてしまいます。
はずかしい思いをした御息所のうらみは、やがて「物の怪(もののけ)」となって葵の上を苦しめます。巻の名前の「葵」も、この祭りと結びついています。人物の関係や敬語の向きが問われやすい場面なので、敬意の方向(だれから・だれへ)や古文の敬語 3種類の見分け方で確認しておきましょう。
枕草子「四月、祭のころ」
『枕草子』の「ころは」で始まる段(正月・三月・四月…と、季節ごとのよい時期を挙げる段)にも、「四月、祭のころ、いとをかし」という一文があります。上達部(かんだちめ)や殿上人(てんじょうびと)が、色の濃い薄いだけの違いの衣を着て、涼しげにしているようすが描かれます。ここでも「祭」は葵祭です。「をかし」の意味は古文単語 絶対覚えておきたい50語でどうぞ。
斎院(さいいん)と斎宮(さいぐう)のちがい
葵祭に仕えた皇女は「斎院」と呼ばれました。京都の紫野(むらさきの)に住まいがあったので「紫野の斎院」とも言います。一方、伊勢神宮に仕えた皇女は「斎宮」です。どちらも「斎王」ですが、古文では「院」と「宮」で区別されるので注意しましょう。
百人一首と賀茂:89番 式子内親王・98番 ならの小川
百人一首にも、賀茂の神社と関係の深い歌が2首あります。
- 89番「玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする」:作者の式子内親王(しょくしないしんのう)は、若いころに賀茂の斎院をつとめた皇女です。
- 98番「風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける」:作者は従二位家隆(藤原家隆)。「ならの小川」は上賀茂神社の境内を流れる川です。ここでの「みそぎ」は、旧暦6月の終わりの「夏越(なごし)の祓(はらえ)」をさします。
89番の「もぞ」は「〜したら困る」という心配の表現です。「もぞ・もこそ」もあわせて確かめておきましょう。百人一首の全100首は百人一首まとめで読めます。
サクラちゃん
「祭」が葵祭、「あふひ」が掛詞、斎院と斎宮……。古文って、京都の行事を知っているかどうかで読みやすさが全然ちがいますね。
合格先生
そのとおり。京大の国語の古文でも、こうした背景の知識が読解の助けになる。実物を見たり、写真で見たりしておくと、文章の場面が頭に浮かぶようになるよ。
うかるくん
来年の5月15日は、行列を見ながら徒然草19段を暗唱します!
京大の国語の古文・文語文の対策は京大受験国語(文語文)の勉強法に、二次試験で問われる文法は国公立二次・難関私大の古文文法にまとめています。古文によく出る難しい漢字は「口遊む」古文によく出る漢字、古典と古文の違いは古典と古文の違いとは?、国語全体は国語まとめから探せます。
鴨川ホルモーと葵祭
以前紹介した、万城目学(まきめまなぶ)さんの小説『鴨川ホルモー』も、葵祭のエキストラのアルバイトから物語が始まり、最後も葵祭で終わります。京大生たちが、ふつうの人には見えない小さな「オニ」を使って戦う物語で、吉田神社も舞台の一つです。⇒吉田神社の節分祭と京大合格祈願~京大入試前にお参りしたら合格!?
始まりの下鴨神社の時点で「鬼」が見えたら、京都大学に合格する素質があるといえるかもしれません(もちろん冗談です。鬼が見えなくても京大に合格できます)。

サクラちゃん
京大に合格したら、5月15日は葵祭の行列を見に行こう!下鴨神社なら京大からすぐ。合格のごほうびの予定にします!
京大に合格したあとの住まい探しは京大周辺の部屋探しについて、京大の入試で何点を取ればよいかは京大の学部別の配点で確かめられます。京大や京都の話をしたい人は、受験掲示板「100点BBS」の京都大学の掲示板へ。合格大作戦への質問は受験の質問・相談で受け付けています。
まとめ
- 葵祭は下鴨神社・上賀茂神社の祭りで、毎年5月15日(2027年は土曜日)
- 京都三大祭は葵祭(5月)・祇園祭(7月)・時代祭(10月)。いちばん古いのが葵祭
- 行列は京都御所10:30発 → 下鴨神社 → 上賀茂神社15:30ごろ着。約8キロ・500余名
- 昔の名前は賀茂祭。元禄7年(1694年)の再興のあと、葵の葉で飾るので「葵祭」に
- 古文で「祭」とだけあれば葵祭。「あふひ」は葵と逢ふ日の掛詞
- 徒然草19段・源氏物語「葵」の車争い・枕草子・百人一首89番と98番がつながる
よくある質問
葵祭はいつですか?2027年は?
毎年5月15日です。2027年は5月15日(土)です。雨のときは順延になり、前日の18時ごろに判断されます。
京都三大祭とは何ですか?
5月の葵祭(下鴨神社・上賀茂神社)、7月の祇園祭(八坂神社)、10月22日の時代祭(平安神宮)の3つです。
葵祭の行列はどこを通りますか?
京都御所を10時30分に出発し、下鴨神社を経て、15時30分ごろ上賀茂神社に着きます(先頭の予定)。全長は約8キロです。
なぜ「葵祭」という名前なのですか?
行列や社殿を二葉葵(フタバアオイ)の葉で飾るからです。元禄7年(1694年)の再興のあと、こう呼ばれるようになりました。昔は賀茂祭と呼ばれていました。
古文で「祭」とあれば何のことですか?
多くの場合、賀茂祭(葵祭)のことです。徒然草19段の「祭のころ」や枕草子の「四月、祭のころ」がその例です。
あわせて読みたい
- 吉田神社 節分祭2027はいつ?日程・鬼やらい・京大合格祈願と行き方
- 「一事を必ずなさんと思はば」徒然草188段の原文・現代語訳
- 京大受験国語(文語文)の勉強法
- 古文文法辞典「掛詞」
- 百人一首98番「風そよぐ ならの小川の夕暮れは」
- 旧暦の月の名前(睦月〜師走)一覧
出典・参考
- 京都市観光協会 京都観光Navi「葵祭」(概要・歴史・行列のコースと時刻・前儀、2026年10月確認)
- 『徒然草』第十九段、『枕草子』「ころは」の段、『源氏物語』「葵」の巻、『小倉百人一首』89番・98番
- 写真:京都フリー写真素材
最終更新:2026年10月21日/作成:大学受験合格大作戦












