【百人一首92番】わが袖は潮干に見えぬ沖の石の|意味・現代語訳・品詞分解(二条院讃岐)

【百人一首92番】わが袖は潮干に見えぬ沖の石の|意味・現代語訳・品詞分解(二条院讃岐)
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この歌の要点
歌
わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の 人こそ知らね 乾く間もなし
意味
私の袖は、引き潮のときでも水面に姿を見せない沖の石のように、人は誰も知らないけれど、(恋の涙で)乾く間もありません。
作者
二条院讃岐(にじょういんのさぬき)
出典
『千載和歌集』恋二・759番
決まり字
「わがそ」(3字決まり)
百人一首92番 二条院讃岐の絵札
二条院讃岐(江戸時代のかるた)

わが袖は 潮干に見えぬ 沖の石の

人こそ知らね 乾く間もなし

読みわがそでは しおひにみえぬ おきのいしの
ひとこそしらね かわくまもなし

歴史的仮名遣いわがそでは しほひにみえぬ おきのいしの
ひとこそしらね かわくまもなし

私の袖は、引き潮のときにも見えない沖の石のように、人は知らないけれど、涙で乾く暇もない——「沖の石の讃岐」と呼ばれた二条院讃岐の歌です。

現代語訳(意味)

私の袖は、引き潮のときでも水面に姿を見せない沖の石のように、人は誰も知らないけれど、(恋の涙で)乾く間もありません。

語句の意味

語句読み意味・ポイント
潮干しおひ引き潮。潮が引いて海の底が見えるとき。
見えぬみえぬ見えない。「ぬ」は打消「ず」の連体形です。
沖の石おきのいし沖にあって、いつも水の中に沈んでいる石。
人こそ知らねひとこそしらね「人は知らないけれど」。「こそ〜已然形」で逆接になっています。
乾く間もなしかわくまもなし乾く暇もない。

品詞分解

歌を単語に分けて、品詞と意味を示しています。色の付いた行が入試で特に問われる部分です。

単語品詞・活用意味・用法
わ代名詞
が格助詞
袖名詞
は係助詞
潮干名詞
に格助詞
見え動詞・ヤ行下二段「見ゆ」未然形
ぬ助動詞「ず」連体形打消
沖名詞
の格助詞
石名詞
の格助詞比喩
人名詞
こそ係助詞強意
知ら動詞・ラ行四段「知る」未然形
ね助動詞「ず」已然形打消(逆接で続く)
乾く動詞・カ行四段「乾く」連体形
間名詞
も係助詞
なし形容詞・ク活用「なし」終止形

表現技法・文法のポイント

序詞(比喩)

「潮干に見えぬ沖の石の」が、人に知られず乾くこともないものとして、自分の袖をたとえています。

こそ〜已然形の逆接

「人こそ知らね」で「人は知らないけれど」。47番と同じ形です。

比喩

人知れず涙にぬれる袖を、いつも海に沈んでいる石にたとえています。

歌の背景・鑑賞

『千載和歌集』恋二に入っています。「石に寄する恋(石にたとえる恋)」という題で詠まれた歌です。いつも水に沈んでいる沖の石と、人知れず涙にぬれ続ける袖――意外な取り合わせが評判となり、作者は「沖の石の讃岐」と呼ばれるようになりました。

諸説・伝説――想像をふくらませてみよう

昔のことなので、はっきりしないことも多くあります。ここでは、言い伝えやいろいろな説を紹介します。

父は鵺を退治した武将

二条院讃岐の父・源頼政は、宮中に現れた怪物「鵺(ぬえ)」を弓で退治したという伝説で知られる武将です。頼政は歌人としてもすぐれ、のちに平家打倒の兵を挙げて戦死しました。武将の娘が、繊細な恋の歌の名手になったのです。

沖の石は実在する?

「沖の石」が実際にどこかの海の石を指すのかはわかっていませんが、福井県小浜市や宮城県多賀城市などに「沖の石」と呼ばれる場所が伝わっています。歌が有名になって、名所が生まれたのかもしれません。

作者:二条院讃岐

平安時代末期から鎌倉時代前期の女性歌人です。武将で歌人の源頼政の娘で、二条天皇に仕えたので「二条院讃岐」と呼ばれます。のちに後鳥羽天皇の中宮にも仕え、新古今時代の歌合などで活躍しました。

決まり字と覚え方

百人一首92番の取り札(下の句)
取り札
わがそ3字決まり

上の句が「わがそ」まで読まれたら、取り札が決まります。「わ」で始まる歌は7首あります。

覚え方:「わがそ」と聞いたら「ひとこそしらね」。わが袖(わがそ)は人こそ(ひとこそ)知らね、と覚えます。「わが」で始まる歌は8番「わがい」と2首あるので、3字目の「そ」まで聞きます。

入試で問われるポイント

  • 序詞(比喩)
  • こそ〜已然形の逆接
  • 打消「ず」の連体形・已然形(ぬ・ね)

よくある質問

「沖の石」は何をたとえていますか?

人知れず涙でぬれ続ける自分の袖をたとえています。沖の石はいつも水に沈んでいて、乾くことがないからです。

「人こそ知らね」の意味は?

「人は知らないけれど」という意味です。「こそ〜已然形」で文が続き、逆接になっています。

二条院讃岐はどんな人ですか?

武将・源頼政の娘で、二条天皇に仕えた女性歌人です。この歌から「沖の石の讃岐」と呼ばれました。

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画像:絵札「Hyakuninisshu 092」(パブリックドメイン)、取り札「Torifuda 092」(Cookai1205・CC0)/いずれも Wikimedia Commons。歌の本文・出典は『千載和歌集』ほか複数の資料で確認しています。
大学受験合格大作戦 最終更新:2026-10-04