原文は教科書で広く読まれる形に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。
| 原文 | 現代語訳 | |
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| 1 | 世に語り伝ふること、まことはあいなきにや、多くはみな虚言なり。 | 世間で語り伝えられていることは、本当のことはつまらないからであろうか、たいていはみなうそである。 |
| 2 | あるにも過ぎて人はものを言ひなすに、まして、年月過ぎ、境も隔たりぬれば、言ひたきままに語りなして、筆にも書きとどめぬれば、やがて定まりぬ。 | 人は実際以上に大げさに話を作って言うものなのに、まして、年月がたち、場所も遠く離れてしまうと、言いたいほうだいに話をこしらえて、文字にも書きとめてしまうと、そのまま(それが事実として)定まってしまう。 |
| 3 | 道々のものの上手のいみじきことなど、かたくななる人の、その道知らぬは、そぞろに神のごとくに言へども、道知れる人は、さらに信も起こさず。 | それぞれの専門の道の名人のすばらしさなどは、ものの分からない人で、その道を知らない人は、むやみに神さまのように言うけれども、その道を知っている人は、まったく信じる気も起こさない。 |
| 4 | 音に聞くと見る時とは、何事も変はるものなり。 | うわさに聞くのと、実際に見るのとでは、何事もちがうものである。 |
| 5 | かつあらはるるも顧みず、口にまかせて言ひ散らすは、やがて浮きたることと聞こゆ。 | (話しているそばから)一方ではうそがばれているのもかまわず、口から出まかせに言い散らすのは、すぐに根も葉もないことだと分かる。 |
| 6 | また、我もまことしからずは思ひながら、人の言ひしままに、鼻のほどをごめきて言ふは、その人の虚言にはあらず。 | また、自分でも本当らしくないとは思いながら、人が言ったとおりに、(得意げに)鼻のあたりをぴくぴくさせて言うのは、その人がつくったうそではない。 |
| 7 | げにげにしく、所々うちおぼめき、よく知らぬよしして、さりながら、つまづま合はせて語る虚言は、恐ろしきことなり。 | いかにももっともらしく、ところどころはっきりしないふりをし、よく知らないふりをして、それでいて、話のつじつまを合わせて語るうそは、恐ろしいものである。 |
| 8 | 我がため面目あるやうに言はれぬる虚言は、人いたくあらがはず。 | 自分にとって名誉になるように言われたうそは、人はそれほど反論しない。 |
| 9 | 皆人の興ずる虚言は、ひとり「さもなかりしものを」と言はんも詮なくて、聞きゐたるほどに、証人にさへなされて、いとど定まりぬべし。 | みんなが面白がっているうそは、自分一人が「そうではなかったのに」と言うようなこともむだで、黙って聞いているうちに、(その話の)証人にまでされて、ますます(事実として)定まってしまうにちがいない。 |
| 10 | とにもかくにも、虚言多き世なり。ただ、常にある、めづらしからぬことのままに心得たらん、よろづ違ふべからず。 | いずれにしても、うその多い世の中である。ただ、いつもある、めずらしくないことのとおりに(物事を)理解しておくようなら、何事もまちがうはずがない。 |
| 11 | 下ざまの人の物語は、耳驚くことのみあり。よき人はあやしきことを語らず。 | 教養のない人々の話は、耳を驚かすようなことばかりである。教養のある人は、ふしぎな(作り話めいた)ことを語らない。 |
| 12 | かくは言へど、仏神の奇特、権者の伝記、さのみ信ぜざるべきにもあらず。 | このように言うけれども、仏や神のふしぎなご利益や、仏・菩薩が人の姿で現れた人の伝記は、そうむやみに信じないでよいというものでもない。 |
| 13 | これは、世俗の虚言をねんごろに信じたるもをこがましく、「よもあらじ」など言ふも詮なければ、大方はまことしくあひしらひて、ひとへに信ぜず、また疑ひ嘲るべからず。 | これ(神仏の話)については、世間のうそを本気で信じているのもばかばかしく、「まさかそんなことはあるまい」などと言うのもむだなので、だいたいは本当のことのように受け答えをして、ひたすら信じこむこともせず、また疑ってばかにしてもいけない。 |


