徒然草「五月五日、賀茂の競べ馬を」原文と現代語訳(印刷用・A4)

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原文は教科書で広く読まれる形に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。

原文現代語訳
1五月五日、賀茂の競べ馬を見はべりしに、車の前に雑人立ち隔てて見えざりしかば、おのおの下りて、埒のきはに寄りたれど、ことに人多く立ちこみて、分け入りぬべきやうもなし。五月五日、上賀茂神社の競べ馬を見物しましたときに、(乗ってきた)牛車の前に身分の低い人々が立ちふさがって見えなかったので、(同乗の者が)それぞれ車から降りて、馬場の柵のそばに近寄ったけれど、特に人が大勢立ちこんでいて、分け入ることができそうな様子もない。
2かかる折に、向かひなる楝の木に、法師の登りて、木の股についゐて、物見るあり。このようなときに、向かい側にある楝の木に、法師が登って、木の股にちょこんと座って、見物している者がいる。
3取りつきながら、いたう眠りて、落ちぬべき時に目を覚ますこと、たびたびなり。(木に)しがみつきながら、ひどく居眠りをして、今にも落ちそうになるときに目を覚ますことが、何度もある。
4これを見る人、あざけりあさみて、「世のしれ者かな。かく危ふき枝の上にて、安き心ありて眠るらんよ。」と言ふに、これを見る人々が、ばかにしてあきれて、「なんと、とんでもないばか者だなあ。こんなに危ない枝の上で、(よくも)安心して眠っているのだろうよ。」と言うので、
5わが心にふと思ひしままに、「我らが生死の到来、ただ今にもやあらん。それを忘れて、物見て日を暮らす、愚かなることはなほまさりたるものを。」と言ひたれば、(わたしが)心にふと思ったとおりに、「わたしたちの死がやってくるのは、たった今かもしれない。それを忘れて、見物をして一日を過ごす(わたしたちの)愚かさは、(あの法師より)なおまさっているのになあ。」と言ったところ、
6前なる人ども、「まことにさにこそ候ひけれ。最も愚かに候ふ。」と言ひて、みな後ろを見返りて、「ここへ入らせたまへ。」とて、所を去りて、呼び入れはべりにき。前にいた人々が、「本当にそのとおりでございました。まったく愚かでございます。」と言って、みな後ろをふり返って、「ここへお入りください。」と言って、場所をあけて、(わたしを)呼び入れてくれました。
7かほどの理、誰かは思ひよらざらんなれども、折からの、思ひかけぬ心地して、胸に当たりけるにや。これくらいの道理は、だれが思いつかないだろうか、いや、だれでも思いつくことであるけれども、そのときの状況から、思いがけない気持ちがして、胸にひびいたのであろうか。
8人、木石にあらねば、時にとりて、物に感ずることなきにあらず。人は、木や石ではないので、時によっては、物事に感動することがないわけではない。