原文は國民文庫本をもとに教科書の形に整えたもの、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。
| 原文 | 現代語訳 | |
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| 1 | 右大臣阿倍御主人は、財豊かに家広き人にぞおはしける。その年わたりける唐土船の王卿といふ者のもとに、文を書きて、「火鼠の皮衣といふなる物、買ひておこせよ。」とて、仕うまつる人の中に心確かなるを選びて、小野房守といふ人をつけて遣はす。 | 右大臣の阿倍御主人は、財産が豊かで、一族も栄えている人でいらっしゃった。その年(日本に)渡ってきた唐の貿易船の王卿という者のところに手紙を書いて、「火鼠の皮衣とかいう物を買って送ってくれ」と言って、お仕えする人の中から、しっかりした者を選んで、小野房守という人をつけて送り出す。 |
| 2 | 持て到りて、かの浦にをる王卿に金を取らす。王卿、文を広げて見て、返り事書く。「火鼠の皮衣、我が国になき物なり。音には聞けども、いまだ見ぬ物なり。世にある物ならば、この国にも持てまうで来なまし。いと難きあきなひなり。しかれども、もし天竺にたまさかに持て渡りなば、もし長者のあたりにとぶらひ求めむに、なき物ならば、使ひに添へて金返したてまつらむ。」と言へり。 | (房守は手紙を)持って(九州の港に)着いて、そこにいる王卿に代金の金を渡す。王卿は手紙を広げて読んで、返事を書く。「火鼠の皮衣は、わたしの国にはない物です。うわさには聞いていますが、まだ見たことのない物です。この世にある物なら、この国(日本)にもだれかが持ってきていたでしょう。たいへんむずかしい取り引きです。しかし、もし天竺(インド)にたまたま持ちこまれていたら、金持ちの家のあたりをたずねて探してみますが、それでもない物なら、使いの者に(持たせて)代金をお返し申し上げましょう」と書いてある。 |
| 3 | かの唐土船来けり。小野房守まうで来てまうのぼるといふことを聞きて、歩み疾うする馬をもちて走らせ迎へさせたまふ時に、馬に乗りて、筑紫よりただ七日に上りまうで来たり。 | あの唐の船がやって来た。小野房守が(筑紫に)着いて、都へ上ってくるということを(右大臣が)聞いて、足の速い馬を走らせて迎えにいかせなさったので、(房守はその)馬に乗って、筑紫からたった七日で都に上ってきた。 |
| 4 | 文を見るに言はく、「火鼠の皮衣、からうじて人を出だして求めてたてまつる。今の世にも昔の世にも、この皮はたやすくなき物なりけり。昔、かしこき天竺の聖、この国に持て渡りてはべりける、西の山寺にありと聞き及びて、朝廷に申して、からうじて買ひ取りてたてまつる。 | 手紙を見ると、こう書いてある。「火鼠の皮衣は、やっとのことで人をつかわして探し求め、お送りいたします。今の世にも昔の世にも、この皮はたやすくは見つからない物だったのです。昔、徳の高い天竺の聖人がこの国(唐)に持ってきておりましたものが、西の山寺にあると聞きつけて、朝廷に申し出て、やっとのことで買い取って、お送りいたします。 |
| 5 | 価の金少しと、国司、使ひに申ししかば、王卿が物加へて買ひたり。今、金五十両賜はるべし。船の帰らむにつけてたび送れ。もし金賜はぬ物ならば、皮衣の質返したべ。」と言へることを見て、 | 代金の金が足りないと、(その土地の)役人が使いの者に申しましたので、わたし王卿のお金を足して買いました。あと金五十両をいただくのが当然です。船が帰るときに託して送ってください。もし代金をくださらないのなら、皮衣を(代金のかたとして)お返しください」と書いてあるのを見て、 |
| 6 | 「何おぼす。今金少しのことにこそあなれ。必ず送るべき物にこそあなれ。うれしくしておこせたるかな。」とて、唐土の方に向かひて伏し拝みたまふ。 | 「何を気にしているのか。あとは少しの金のことであるようだ。必ず送らなければならない物であるようだ。よくぞ送ってくれたものだ」と言って、唐の方角に向かってひれ伏して拝みなさる。 |
| 7 | この皮衣入れたる箱を見れば、くさぐさのうるはしき瑠璃を色へて作れり。皮衣を見れば、紺青の色なり。毛の末には金の光輝きたり。げに宝と見え、うるはしきこと比ぶべき物なし。火に焼けぬことよりも、けうらなることならびなし。 | この皮衣を入れてある箱を見ると、いろいろな美しい瑠璃(宝石)で色どりをつけて作ってある。皮衣を見ると、深い青色である。毛の先には金色の光が輝いている。なるほど宝物だと見えて、その立派さは比べられる物がない。火に焼けないということよりも、その美しさが何よりもすばらしい。 |
| 8 | 「むべ、かぐや姫の好もしがりたまふにこそありけれ。」とのたまひて、「あなかしこ。」とて、箱に入れたまひて、物の枝につけて、御身の化粧いといたくして、やがて泊まりなむものぞとおぼして、歌詠み加へて持ちていましたり。その歌は、 | 「なるほど、かぐや姫がほしがりなさるだけのことはあるのだなあ」とおっしゃって、「ああ、もったいない」と言って箱にお入れになって、(贈り物の習わしどおり)木の枝に結びつけて、ご自分の身なりをたいそう念入りに整えて、そのまま(かぐや姫の家に)泊まることになるだろうとお思いになって、歌を詠みそえて持っていらっしゃった。その歌は、 |
| 9 | 限りなき思ひに焼けぬ皮衣袂かわきて今日こそは着め | (右大臣の歌)かぎりなく燃えるあなたへの恋の思いの「火」にも焼けない、この皮衣。(恋の涙でぬれていた)袂もかわいて、今日こそはこれを着て(あなたと会おう)。 |
| 10 | 家の門に持て至りて立てり。竹取出で来て、取り入れて、かぐや姫に見す。かぐや姫の、皮衣を見て言はく、「うるはしき皮なめり。わきてまことの皮ならむとも知らず。」 | (右大臣は皮衣を)家の門まで持ってきて立っている。竹取の翁が出てきて、(皮衣を)受け取って家に入れ、かぐや姫に見せる。かぐや姫が皮衣を見て言うには、「立派な皮のようです。でも、とりわけ本物の皮かどうかはわかりません」。 |
| 11 | 竹取答へて言はく、「とまれかくまれ、まづ請じ入れたてまつらむ。世の中に見えぬ皮衣のさまなれば、これをまことと思ひたまひね。人ないたくわびさせたまひそ。」と言ひて、呼びすゑたてまつれり。 | 竹取の翁が答えて言うには、「ともかくも、まずはお招き入れ申し上げよう。世の中で見たことのない皮衣のようすだから、これを本物だとお思いなさい。あの方をひどく困らせなさいますな」と言って、(右大臣を)呼び入れてお座らせ申し上げた。 |
| 12 | かく呼びすゑて、「この度は必ずあはむ。」と、嫗の心にも思ひをり。この翁は、かぐや姫のやもめなるを嘆かしければ、「よき人にあはせむ。」と思ひはかれど、せちに「否。」と言ふことなれば、え強ひぬは、ことわりなり。 | こうして呼び入れて座らせ、「今度はきっと結婚するだろう」と、嫗も心の中で思っている。この翁は、かぐや姫が独り身でいることを嘆かわしく思っていたので、「立派な人と結婚させよう」とあれこれ考えるけれども、(かぐや姫が)ひたすら「いやです」と言うので、無理じいできないのは、もっともなことである。 |
| 13 | かぐや姫、翁に言はく、「この皮衣は、火に焼かむに、焼けずはこそ、まことならめと思ひて、人の言ふことにも負けめ。『世になき物なれば、それをまことと疑ひなく思はむ。』とのたまふ。なほこれを焼きて見む。」と言ふ。 | かぐや姫が翁に言うには、「この皮衣は、火で焼いてみて、焼けなかったら、そのときこそ本物だろうと思って、あの方の言うことにも従いましょう。(お父さまは)『世にない物だから、それを本物だと疑わずに思おう』とおっしゃいます。(でも)やはりこれを焼いて試してみましょう」と言う。 |
| 14 | 翁、「それ、さも言はれたり。」と言ひて、大臣に、「かくなむ申す。」と言ふ。大臣答へて言はく、「この皮は、唐土にもなかりけるを、からうじて求め尋ね得たるなり。何の疑ひかあらむ。さは申すとも、はや焼きて見たまへ。」と言へば、 | 翁は「それは、もっともな言い分だ」と言って、右大臣に「このように申しております」と言う。右大臣が答えて言うには、「この皮は、唐にもなかったのを、やっとのことで探し求めて手に入れたのです。何の疑いがありましょうか(いや、ありません)。そうは申しても(ご心配なら)、早く焼いてごらんなさい」と言うので、 |
| 15 | 火の中にうちくべて焼かせたまふに、めらめらと焼けぬ。「さればこそ、異物の皮なりけり。」と言ふ。大臣これを見たまひて、御顔は草の葉の色してゐたまへり。かぐや姫は「あなうれし。」と喜びてゐたり。かの詠みたまへる歌の返し、箱に入れて返す。 | (皮衣を)火の中に投げ入れて焼かせなさると、めらめらと焼けてしまった。「やっぱり、(火鼠ではない)別の物の皮だったのだ」と言う。右大臣はこれをご覧になって、お顔は草の葉の色(真っ青)になって座っていらっしゃる。かぐや姫は「ああ、うれしい」と喜んでいる。あの(右大臣が)お詠みになった歌への返歌を、箱に入れて返す。 |
| 16 | 名残なく燃ゆと知りせば皮衣思ひのほかにおきて見ましを とぞありける。されば帰りいましにけり。 | (かぐや姫の歌)「あとかたもなく燃えてしまうと知っていたなら、(心配などせずに)皮衣を火の外に置いて、ただながめていたでしょうに」と書いてあった。そういうわけで、(右大臣は)帰っていっておしまいになった。 |
| 17 | 世の人々、「阿倍の大臣、火鼠の皮衣持ていまして、かぐや姫にすみたまふとな。ここにやいます。」など問ふ。ある人の言はく、「皮は火にくべて焼きたりしかば、めらめらと焼けにしかば、かぐや姫あひたまはず。」と言ひければ、これを聞きてぞ、とげなき物をば、あへなしとは言ひける。 | 世間の人々は、「阿倍の大臣は火鼠の皮衣を持っていらっしゃって、かぐや姫と結婚なさるそうだね。(今は)ここにいらっしゃるのか」などとたずねる。ある人が言うには、「皮衣は火にくべて焼いたところ、めらめらと焼けてしまったので、かぐや姫はお会いにならない」と言ったので、これを聞いて、やりとげられずに終わることを「あへなし」と言うようになったのである。 |


