原文は教科書で広く読まれる形(三巻本系)に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。
| 原文 | 現代語訳 | |
|---|---|---|
| 1 | にくきもの。急ぐことあるをりに来て長言する客人。あなづりやすき人ならば、「後に」とても追ひやりつべけれど、さすがに心恥づかしき人、いとにくくむつかし。 | しゃくにさわるもの。急ぐ用事があるときにやって来て長話をする客。軽く扱ってよい人ならば、「後で」と言ってでも追い返してしまえるだろうが、そうはいってもこちらが気おくれするほど立派な人だと、とてもしゃくにさわり、うっとうしい。 |
| 2 | 硯に髪の入りてすられたる。また、墨の中に石のきしきしときしみ鳴りたる。 | 硯に髪の毛が入って(墨といっしょに)すられてしまったの。また、墨の中に石がまじっていて、きしきしときしんで音を立てたの。 |
| 3 | にはかにわづらふ人のあるに、験者求むるに、例ある所になくて、ほかに尋ねありくほど、いと待ち遠に久しきに、からうじて待ちつけて、喜びながら加持せさするに、このごろもののけにあづかりて、困じにけるにや、ゐるままにすなはち眠り声なる、いとにくし。 | 急に病気になった人がいるので、祈とうをする験者を探すと、いつもいる所にいなくて、ほかの所を探しまわるあいだ、とても待ち遠しく長く感じるのに、やっと待ちうけて、喜んで加持祈とうをさせると、このごろ物の怪の祈とうにかかりきりで疲れてしまっていたのだろうか、座るとすぐに眠そうな声になるのは、とてもしゃくにさわる。 |
| 4 | なでふことなき人の、笑がちにて、ものいたう言ひたる。 | たいしたこともない人が、にやにや笑ってばかりいて、ぺらぺらとよくしゃべっているの。 |
| 5 | 火桶の火、炭櫃などに、手のうらうち返しうち返し、おしのべなどしてあぶりをる者。いつか若やかなる人など、さはしたりし。老いばみたる者こそ、火桶のはたに足をさへもたげて、もの言ふままに押しすりなどはすらめ。 | 火桶の火や炭櫃などに、手のひらを何度もひっくり返し、しわをおしのばしなどしてあぶっている者。いつ若々しい人などが、そんなことをしたか(いや、しない)。年寄りじみた者こそ、火桶のふちに足まで持ち上げて、しゃべりながら(足を)こすったりなどするのだろう。 |
| 6 | さやうの者は、人のもとに来て、ゐむとする所を、まづ扇してこなたかなたあふぎ散らして、塵掃き捨て、ゐも定まらずひろめきて、狩衣の前、まき入れてもゐるべし。かかることは、言ふかひなき者の際にやと思へど、少しよろしき者の、式部の大夫などいひしが、せしなり。 | そんな者は、人の家に来て、座ろうとする所を、まず扇であちこちあおいで、ちりを払い捨て、座り方も落ち着かずにばたばたして、狩衣の前のすそを(ひざの下に)巻きこんで座ったりもするだろう。こういうことは、取るに足りない身分の者のすることかと思うが、少しはましな身分の者で、式部の大夫などといった人が、そうしたのである。 |
| 7 | また、酒飲みてあめき、口をさぐり、ひげある者はそれをなで、盃、異人に取らするほどのけしき、いみじうにくしと見ゆ。「また飲め」と言ふなるべし、身震ひをし、頭振り、口わきをさへ引き垂れて、童べの「こう殿に参りて」など歌ふやうにする。それはしも、まことによき人のし給ひしを見しかば、心づきなしと思ふなり。 | また、酒を飲んでわめき、口をまさぐり、ひげのある者はそれをなで、盃をほかの人に渡すときの様子は、とてもしゃくにさわると思われる。「もっと飲め」と言うのであろう、体をゆすり、頭をふり、口の両はしまでたらして、子どもが「こう殿に参りて」などと歌うようなことをする。それは、本当に身分の高い立派な方がなさったのを見たので、気にくわないと思うのである。 |
| 8 | もの羨みし、身の上嘆き、人の上言ひ、露塵のこともゆかしがり、聞かまほしうして、言ひ知らせぬをば怨じ、そしり、また、わづかに聞き得たることをば、我もとより知りたることのやうに、こと人にも語り調ぶるも、いとにくし。 | 人をうらやみ、自分の身の上をなげき、人のうわさをし、ほんのささいなことも知りたがり、聞きたがって、教えてくれない人をうらみ、悪口を言い、また、ちょっと聞きかじったことを、自分が前から知っていたことのように、ほかの人にもしゃべりたてるのも、とてもしゃくにさわる。 |
| 9 | もの聞かむと思ふほどに泣くちご。からすの集まりて飛びちがひ、さめき鳴きたる。 | 何かを聞こうと思っているときに泣く赤ん坊。からすが集まって飛びかい、がやがやと鳴きたてているの。 |
| 10 | 忍びて来る人見知りてほゆる犬。あながちなる所に隠し伏せたる人の、いびきしたる。 | こっそり通って来る人を見つけてほえる犬。無理な所にかくして寝かせておいた人が、いびきをかいているの。 |
| 11 | また、忍び来る所に、長烏帽子して、さすがに人に見えじと惑ひ入るほどに、ものにつきさはりて、そよろといはせたる。 | また、こっそり通って来る所に、長い烏帽子をかぶって来て、それでもやはり人に見られまいとあわてて入るときに、何かにぶつかって、がさっと音を立てたの。 |
| 12 | 伊予簾などかけたるに、うちかづきて、さらさらと鳴らしたるも、いとにくし。帽額の簾は、まして、こはじのうち置かるる音、いとしるし。 | 伊予簾などがかけてある所に、頭からかぶるようにくぐって、さらさらと音を立てたのも、とてもしゃくにさわる。帽額のついた簾は、なおさら、下の端の木が床にあたる音が、とてもはっきり聞こえる。 |
| 13 | それも、やをら引き上げて入るは、さらに鳴らず。遣戸を荒くたてあくるも、いとあやし。少しもたぐるやうにして開くるは、鳴りやはする。あしう開くれば、障子なども、ごほめかしうほとめくこそしるけれ。 | それも、そっと持ち上げて入れば、まったく鳴らない。引き戸を乱暴に開け閉めするのも、ひどく見苦しい。少し持ち上げるようにして開ければ、音がするだろうか(いや、しない)。下手に開けるから、障子なども、ごとごとがたがたと音がはっきりするのだ。 |
| 14 | ねぶたしと思ひて臥したるに、蚊の細声にわびしげに名のりて、顔のほどに飛びありく。羽風さへその身のほどにあるこそ、いとにくけれ。 | 眠たいと思って横になったときに、蚊がか細い声で心細そうに名のって、顔のあたりを飛びまわる。羽の風までが、体の大きさ相応にあるのが、とてもしゃくにさわる。 |
| 15 | きしめく車に乗りてありく者。耳も聞かぬにやあらむと、いとにくし。わが乗りたるは、その車の主さへにくし。 | きしきしと音を立てる牛車に乗って出歩く者。耳が聞こえないのであろうかと、とてもしゃくにさわる。自分が乗っているときは、その車の持ち主までしゃくにさわる。 |
| 16 | また、物語するに、さし出でして我ひとりさいまくる者。すべてさし出では、童も大人も、いとにくし。昔物語などするに、我知りたりけるは、ふと出でて言ひくたしなどする、いとにくし。 | また、話をしているときに、出しゃばって自分ひとりで先回りしてしゃべる者。だいたい出しゃばりは、子どもでも大人でも、とてもしゃくにさわる。昔の話などをしていると、自分が知っていた話のときは、急に口をはさんで(話す人を)けなしたりするのは、とてもしゃくにさわる。 |
| 17 | ねずみの走りありく、いとにくし。あからさまに来たる子ども・童を、見入れらうたがりて、をかしき物取らせなどするに、ならひて常に来つつ、ゐ入りて調度うち散らしぬる、いとにくし。 | ねずみが走りまわるのは、とてもしゃくにさわる。ちょっと来た子どもや子どもの召し使いを、目をかけてかわいがって、おもしろい物を与えたりなどすると、それに慣れていつも来ては、上がりこんで道具を散らかしてしまうのは、とてもしゃくにさわる。 |
| 18 | 家にても宮仕へ所にても、会はでありなむと思ふ人の来たるに、そら寝をしたるを、わがもとにある者、起こしに寄り来て、いぎたなしと思ひ顔に、引きゆるがしたる、いとにくし。今参りの、さし越えて、もの知り顔に教へやうなること言ひ、後見たる、いとにくし。 | 自宅でも宮仕え先でも、会わないですませたいと思う人が来たので、寝たふりをしていたのを、自分の所にいる者が、起こしに寄って来て、寝坊だと言いたげな顔で、ゆり動かしたのは、とてもしゃくにさわる。新入りの女房が、先輩をさしおいて、物知り顔で教えるようなことを言い、世話をやいたのは、とてもしゃくにさわる。 |
| 19 | わが知る人にてある人の、はやう見し女のこと、褒め言ひ出でなどするも、ほど経たることなれど、なほにくし。まして、さしあたりたらむこそ思ひやらるれ。されど、なかなかさしもあらぬなどもありかし。 | 自分の恋人である人が、以前つきあっていた女のことを、ほめて話し出したりするのも、時間がたったことであるが、やはりしゃくにさわる。まして、今つきあっている女のことだったら(どんなにしゃくにさわるか)と、自然と想像される。けれども、かえってそれほどでもない場合もあるものだ。 |
| 20 | はなひて誦文する。おほかた、人の家の男主ならでは、高くはなひたる、いとにくし。蚤もいとにくし。衣の下にをどりありきて、もたぐるやうにする。 | くしゃみをしてまじないの文句をとなえる(人)。だいたい、その家の主人の男でなくて、大きな音でくしゃみをしたのは、とてもしゃくにさわる。のみもとてもしゃくにさわる。着物の下を跳ねまわって、(着物を)持ち上げるようにする。 |
| 21 | 犬のもろ声に長々と鳴き上げたる、まがまがしくさへにくし。開けて出で入る所、たてぬ人、いとにくし。 | 犬がいっしょに声をそろえて長々と遠ぼえしているのは、不吉な感じまでして、しゃくにさわる。開けて出入りする所を、閉めない人は、とてもしゃくにさわる。 |


