枕草子「この草子、目に見え心に思ふことを(跋文)」原文と現代語訳(印刷用・A4)

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原文は教科書で広く読まれる形(三巻本系)に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。

原文現代語訳
1この草子、目に見え心に思ふことを、人やは見むとすると思ひて、つれづれなる里居のほどに書き集めたるを、この草子は、目に見え心に思うことを、(まさか)人が見ようとするだろうか、いや見はしないだろうと思って、することもなく退屈な実家暮らしの間に書き集めたものだが、
2あいなう、人のために便なき言ひ過ぐしもしつべき所々もあれば、よう隠し置きたりと思ひしを、心よりほかにこそ漏り出でにけれ。つまらないことに、人にとって具合の悪い言いすぎなどもきっとしているにちがいない所々もあるので、うまく隠しておいたと思っていたのに、思いがけず世間にもれ出てしまった。
3宮の御前に、内の大臣の奉りたまへりけるを、「これに何を書かまし。上の御前には史記といふ書をなむ書かせたまへる。」などのたまはせしを、中宮さまに、内大臣(藤原伊周)がさしあげなさった(紙の束)を、(中宮さまが)「これに何を書いたらよいかしら。帝は『史記』という書物をお書き写しになったのよ。」などとおっしゃったので、
4「枕にこそははべらめ。」と申ししかば、「さば、得てよ。」とて賜はせたりしを、(わたしが)「(それなら、こちらは)枕でございましょう。」と申し上げたところ、(中宮さまが)「それなら、(あなたが)受け取りなさい。」と言って(その紙を)くださったので、
5あやしきを、こよや何やと、尽きせず多かる紙を書き尽くさむとせしに、いとものおぼえぬことぞ多かるや。つまらないことを、あれやこれやと(書いて)、限りなくたくさんある紙を書き尽くそうとしたので、まったくわけのわからないことが多いことよ。
6おほかたこれは、世の中にをかしきこと、人のめでたしなど思ふべき、なほ選り出でて、歌などをも、木・草・鳥・虫をも言ひ出だしたらばこそ、「思ふほどよりはわろし。心見えなり。」とそしられめ、だいたいこの本は、世の中でおもしろいことや、人がすばらしいと思うにちがいないことを、さらに選び出して、歌などでも、木・草・鳥・虫のことでも書き表したのならば、「思ったより下手だ。(作者の)心の底が見える。」と悪口を言われもしようが、
7ただ心一つにおのづから思ふことを、たはぶれに書きつけたれば、ものに立ちまじり、人並み並みなるべき耳をも聞くべきものかはと思ひしに、「恥づかしき。」なんどもぞ、見る人はしたまふなれば、いとあやしうぞあるや。(実際は)ただ自分の心ひとつで、自然に思うことを、たわむれに書きつけたものなので、ほかの書物の中にまじって、人並みの評判を受けることなどあるだろうか(いや、ないだろう)と思っていたのに、「(こちらが気おくれするほど)りっぱだ。」などと、読んだ人はおっしゃるそうなので、まったく不思議なことである。
8げに、そもことわり、人の憎むをよしと言ひ、ほむるをもあしと言ふ人は、心のほどこそ推し量らるれ。ただ、人に見えけむぞねたき。なるほど、それも当然のことで、人がいやがるものをよいと言い、人がほめるものを悪いと言うような人(=わたし)は、その心の程度が自然と察せられる(ので、かえってめずらしがられるのだろう)。ただ、(この草子が)人に見られてしまったことだけが、しゃくだ。
9左中将、まだ伊勢守と聞こえし時、里におはしたりしに、端の方なりし畳をさし出でしものは、この草子載りて出でにけり。左中将(源経房)が、まだ伊勢守と呼ばれていたころ、(わたしの)実家にいらっしゃったときに、縁側の方にあった畳を差し出したところ、この草子が(その畳の上に)のったまま出てしまった。
10惑ひ取り入れしかど、やがて持ておはして、いと久しくありてぞ返りたりし。それより歩き初めたるなめり、とぞ本に。(わたしは)あわてて取り入れようとしたけれど、(経房は)そのまま持っていらっしゃって、ずいぶん長くたってから戻ってきた。それ以来、(この草子は世間に)出回りはじめたようだ、と原本に(書いてある)。