原文は教科書で広く読まれる形(三巻本系)に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。
| 原文 | 現代語訳 | |
|---|---|---|
| 1 | 大進生昌が家に、宮の出でさせたまふに、東の門は四足になして、それより御輿は入らせたまふ。 | 大進の平生昌の家に、中宮さまがお出ましになるので、東の門は四本柱の門に造りかえて、そこから中宮さまの御輿はお入りになる。 |
| 2 | 北の門より、女房の車どもも、まだ陣の居ねば入りなむと思ひて、頭つきわろき人も、いたうもつくろはず、寄せて下るべきものと思ひあなづりたるに、 | (わたしたち)女房の牛車も北の門から(入るのだが)、まだ警護の武士たちも詰めていないので、(車のまま)入ってしまえるだろうと思って、髪の様子がみっともない人も、たいして身なりを整えず、(建物に)車を寄せて降りればよいものと高をくくっていたところ、 |
| 3 | 檳榔毛の車などは、門小さければ、さはりてえ入らねば、例の筵道敷きて下るるに、いと憎く腹立たしけれども、いかがはせむ。 | 檳榔毛の車(大きな牛車)などは、門が小さいので、つかえて入ることができないので、いつものように筵の通り道を敷いて降りたが、とても気に食わなくて腹立たしいけれど、どうしようもない。 |
| 4 | 殿上人、地下なるも、陣に立ち添ひて見るも、いとねたし。 | 殿上人も、地下の役人たちも、警護の詰め所のそばに立ち並んで(みっともない姿のわたしたちを)見ているのも、とてもしゃくだ。 |
| 5 | 御前に参りて、ありつるやう啓すれば、「ここにても、人は見まじうやは。などかはさしもうち解けつる。」と笑はせたまふ。 | 中宮さまの御前に参上して、さっきの様子を申し上げると、「ここでだって、人が見ないことがあろうか(見るでしょう)。どうしてそんなに気をゆるめていたの。」とお笑いになる。 |
| 6 | 「されど、それは目馴れにてはべれば、よくしたてはべらむにしもおどろく人もはべらむ。さても、かばかりの家に、車入らぬ門やはある。見えば笑はむ。」など言ふほどにしも、「これ参らせむ。」とて、御硯などさし入る。 | 「でも、あの人たちはわたしたちを見慣れておりますので、(かえって)きちんと身なりを整えていたら、驚く人もおりましょう。それにしても、これほどの(身分の人の)家に、車が入らない門などあるでしょうか。(生昌が)顔を見せたら笑ってやりましょう。」などと言っているちょうどそのときに、「これをさしあげましょう。」と言って、(生昌が)御硯などを(御簾の中に)さし入れる。 |
| 7 | 「いで、いとわろくこそおはしけれ。などその門、はた、狭くは造りて住みたまひける。」と言へば、笑ひて、「家のほど、身のほどに合はせてはべるなり。」といらふ。 | (わたしが)「まあ、ずいぶんひどい方でいらっしゃったのですね。どうしてその門を、よりによって狭く造ってお住まいになっていたのですか。」と言うと、(生昌は)笑って、「家の大きさは、自分の身分に合わせているのでございます。」と答える。 |
| 8 | 「されど、門の限りを高う造る人もありけるは。」と言へば、「あな、おそろし。」とおどろきて、「それは于定国がことにこそはべるなれ。古き進士などにはべらずは、うけたまはり知るべきにもはべらざりけり。たまたまこの道にまかり入りにければ、かうだにわきまへ知られはべる。」と言ふ。 | (わたしが)「でも、門だけを高く造った人もいたそうですよ。」と言うと、(生昌は)「ああ、恐れ入りました。」と驚いて、「それは于定国の(父の)話でございますね。年季の入った進士(学者)などでなければ、うかがって知ることもできないことでございました。(わたしは)たまたまこの学問の道に入っておりましたので、このくらいはわきまえております。」と言う。 |
| 9 | 「その御道もかしこからざめり。筵道敷きたれど、みな落ち入り騒ぎつるは。」と言へば、「雨の降りはべりつれば、さもはべりつらむ。よしよし。また仰せられかくることもぞはべる。まかり立ちなむ。」とて往ぬ。 | (わたしが)「その(学問の)御道も、たいしたことはないようですね。(その証拠に)筵の道を敷いてあったけれど、(わたしたちは)みんな(穴に)落ちこんで大騒ぎしましたよ。」と言うと、(生昌は)「雨が降っておりましたから、きっとそうでございましたでしょう。もう結構、結構。また(何か)言いかけられたら困ります。退散いたしましょう。」と言って立ち去った。 |
| 10 | 「何事ぞ、生昌がいみじうおぢつる。」と問はせたまふ。「あらず。車の入りはべらざりつること言ひはべりつる。」と申して下りたり。 | (中宮さまが)「何事なの、生昌がひどくおじけづいていたのは。」とおたずねになる。「何でもございません。車が入らなかったことを申しておりました。」と申し上げて、(自分の部屋に)下がった。 |
| 11 | 同じ局に住む若き人々などして、よろづのことも知らず、ねぶたければ、みな寝ぬ。東の対の西の廂、北かけてあるに、北の障子に懸け金もなかりけるを、それもたづねず。家主なれば、案内を知りて開けてけり。 | 同じ部屋に住む若い女房たちといっしょに、何も気にせず、眠かったので、みんな寝てしまった。(わたしたちの部屋は)東の対の西の廂の間で、北に続いている所なのだが、北側のふすまに掛け金もなかったのを、それも確かめなかった。(生昌は)家の主人なので、家の中の様子をよく知っていて、(その戸を)開けてしまった。 |
| 12 | あやしくかればみさわぎたる者の声にて、「さぶらはむはいかに、いかに。」と、あまたたび言ふ声にぞおどろきて見れば、几帳の後ろに立てたる灯台の光はあらはなり。障子を五寸ばかり開けて言ふなりけり。いみじうをかし。 | 妙にしわがれてうわずった声で、「おそばにうかがうのはいかがでしょう、いかがでしょう。」と何度も言う声に、はっと目がさめて見ると、几帳の後ろに立ててある灯台の光で(あたりは)丸見えである。(生昌が)ふすまを五寸(約15センチ)ほど開けて言っていたのだった。とてもおかしい。 |
| 13 | さらにかやうのすきずきしきわざ、ゆめにせぬものを、家におはしましたりとて、むげに心にまかするなめりと思ふも、いとをかし。 | (生昌は)まったくこのような色めいたことなど、決してしない人なのに、(中宮さまが)自分の家においでになったというので、すっかり気が大きくなって好き勝手にしているようだ、と思うのもとてもおかしい。 |
| 14 | かたはらなる人をおし起こして、「かれ見たまへ。かかる見えぬ者のあめるは。」と言へば、頭もたげて見やりて、いみじう笑ふ。 | (わたしは)隣にいる人をゆり起こして、「あれをごらんなさい。こんな見慣れない者がいるようですよ。」と言うと、(その人は)頭を持ち上げて(そちらを)見て、ひどく笑う。 |
| 15 | 「あれは誰ぞ。顕証に。」と言へば、「あらず。家の主と定め申すべきことのはべるなり。」と言へば、「門のことをこそ聞こえつれ、障子開けたまへとやは聞こえつる。」と言へば、 | (わたしが)「あれはだれ? まる見えですよ。」と言うと、(生昌は)「いえいえ。家の主人として(局の主人と)相談して決めなければならないことがございますのです。」と言うので、「門のことは申し上げましたけれど、ふすまを開けてくださいなどと申し上げたでしょうか。」と言うと、 |
| 16 | 「なほそのことも申さむ。そこにさぶらはむはいかに、いかに。」と言へば、「いと見苦しきこと。さらにえおはせじ。」とて笑ふめれば、「若き人おはしけり。」とて引き立てて往ぬるのちに、笑ふこといみじう。 | (生昌が)「やはりそのことも申し上げましょう。そちらにうかがうのはいかがでしょう、いかがでしょう。」と言うので、(そばの若い女房が)「とてもみっともないこと。決しておいでにはなれないでしょう。」と言って笑っているようなので、(生昌は)「若い方たちがいらっしゃったのか。」と言って、ふすまを閉めて去っていったあとで、(みんなで)大笑いした。 |
| 17 | 開けむとならば、ただ入りねかし。消息を言はむに、よかなりとは誰か言はむ、と、げにぞをかしき。 | (ふすまを)開けようというのなら、ただ黙って入ってしまえばいいのに。(入ってよいかと)断りを言うのに、「いいですよ」とだれが言うだろうか(だれも言わない)と思うと、本当におかしい。 |
| 18 | つとめて、御前に参りて啓すれば、「さることも聞こえざりつるものを。昨夜のことにめでて入りにたりけるなり。あはれ、かれをはしたなう言ひけむこそいとほしけれ。」と笑はせたまふ。 | 翌朝、中宮さまの御前に参上して申し上げると、「そんな(色めいた)ことをする人とは聞いていなかったのに。昨夜の(門の話の)ことに感心して(あなたの部屋に)入ろうとしたのでしょう。まあ、あの人をそっけなく言い負かしたというのは、気の毒なこと。」とお笑いになる。 |
| 19 | 姫宮の御方のわらはべの装束つかうまつるべきよし仰せらるるに、「この衵の上襲は何の色にかつかうまつらすべき。」と申すを、また笑ふもことわりなり。 | (中宮さまが生昌に)姫宮さまのお付きの女の子たちの衣装を用意するようにとおっしゃったところ、(生昌が)「この衵の上襲は、何色でお作りしたらよいでしょうか。」と申し上げるのを、(女房たちが)また笑うのももっともだ。 |
| 20 | 「姫宮の御前のものは、例のやうにては憎げにさぶらはむ。ちうせい折敷に、ちうせい高坏などこそよくはべらめ。」と申すを、「さてこそは、上襲着たらむ童も参りよからめ。」と言ふを、 | (生昌が)「姫宮さまのお食事の器は、ふつうの大きさでは不格好でございましょう。小さい折敷に、小さい高坏などがよろしいでしょう。」と申し上げるのを、(わたしが)「そうしてこそ、上襲を着たような童女もおそばに参りやすいでしょうね。」と言うのを、 |
| 21 | 「なほ例の人のやうに、かくな言ひ笑ひそ。いと謹厚なるものを。」と、いとほしがらせたまふもをかし。 | (中宮さまが)「やはり、ふつうの人と同じように、そんなふうにからかって笑ってはいけません。とてもまじめな人なのですから。」と、気の毒がりなさるのも、すてきだ。 |
| 22 | 中間なるをりに、「大進、まづもの聞こえむとあり。」と言ふを聞こしめして、「また、なでふこと言ひて笑はれむとならむ。」と仰せらるるも、またをかし。 | (特に用事もない)中途半端な時に、「大進が、まず(少納言に)お話し申し上げたいと言っています。」と(取り次ぎの者が)言うのをお聞きになって、(中宮さまが)「また、どんなことを言って笑われようというのでしょう。」とおっしゃるのも、またおもしろい。 |
| 23 | 「行きて聞け。」とのたまはすれば、わざと出でたれば、「一夜の門のこと、中納言に語りはべりしかば、いみじう感じ申されて、『いかでさるべからむをりに、心のどかに対面して、申しうけたまはらむ。』となむ申されつる。」とて、またこともなし。 | (中宮さまが)「行って聞いておいで。」とおっしゃるので、わざわざ出て行ったところ、(生昌は)「先夜の門のことを、(兄の)中納言に話しましたところ、たいそう感心いたしまして、『なんとかして、しかるべき機会に、ゆっくりお会いしてお話をうかがいたい。』と申しておりました。」と言って、ほかには何の話もない。 |
| 24 | 一夜のことや言はむと、心ときめきしつれど、「今静かに御局にさぶらはむ。」とて往ぬれば、帰り参りたるに、「さて、何事ぞ。」とのたまはすれば、申しつることを、さなむと啓すれば、 | (生昌が)先夜の(障子の)ことを言うのではないかと、胸がどきどきしたけれど、「そのうち、ゆっくりお部屋にうかがいましょう。」と言って去ったので、(中宮さまのもとに)帰って参上すると、「それで、何の話だったの。」とおっしゃるので、生昌が申したことを、これこれと申し上げると、 |
| 25 | 「わざと消息し、呼び出づべきことにはあらぬや。おのづから端つ方、局などにゐたらむ時も言へかし。」とて笑へば、「おのが心地にかしこしと思ふ人のほめたる、うれしとや思ふと、告げ聞かするならむ。」とのたまはする御けしきも、いとめでたし。 | (わたしが)「わざわざ取り次ぎをたのんで呼び出すようなことではないでしょうに。たまたま(わたしが)縁側の方や部屋などにいるような時にでも言えばいいのに。」と言って笑うと、(中宮さまは)「(生昌は)自分の心の中でりっぱだと思っている人(兄)がほめたことを、(あなたも)うれしいと思うだろうと思って、知らせたのでしょう。」とおっしゃるご様子も、とてもすばらしい。 |


